「はあぁっ!」

どぅむっ!

 奉は、床を蹴って、『怪異』に飛び掛り、拳で殴りつけた。
 すると、『怪異』は、その一撃で倒れ、巨体で床を震わせた。
「―光皇烈光撃!―」

ぃぎゅぅんっ!

 ポーの声が響き、白い光の奔流が『怪異』を灼き貫く。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…………やあぁぁぁぁぁぁ!」
 柚葉が声を上げながら、右腕を天に向けると、手のひらに埋め込まれた漆黒の鱗が光り輝き、見る間に右腕を覆っていく。
 それは、バハムートの鱗。
 柚葉は、自分の身体に埋め込まれた最強の霊因子を解放したのだ。
「闇司る竜の中の竜!」
 掲げた手のひらに漆黒の闇が生じた。
「その咎のもと、我に代わりすべてを喰らえ!」

ぐわぁぐぅっ!

 それは、巨大な竜の顎に姿を変え、柚葉の言葉とともに、『怪異』の身体を食いちぎった。
 苦しみ、もがくように激しくのた打ち回る『怪異』。
 すると、いきなり、上体を起こし、奉を潰しにかかる。
「行くで! 天輪の縛鎖! 地輪の戒鎖!」
 ポーは、両腕で、二本の鎖を巧みに操り、『怪異』の周辺を縦横無尽に巡らせ、大きく腕を振り、鎖を波打たせる。
「ことごとく捕らえよ! 歪みし心!」

ジュギィィィィィィィ! ギィンッ!

 すると、巡らせた鎖が生き物のように動き、『怪異』の巨体をきつく締め上げる。
「今や! 奉!」
「はあぁっ!」
 その声と同時に、奉は、ポーの仕掛けた鎖の上を走り、『怪異』に迫る。
「ぃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
 そして、鎖で反動をつけて飛び上がり、拳で、蹴りで、何度も打ち据える。

ぴぎぃん!

 ガラスが割れるような音が響き渡った瞬間、『怪異』の周辺の空間に次々と亀裂が走っていった。
「奉、巻き込んで、異空間に逃れるつもりかぁ?
 させっかよぉっ!」
 叫び、虎一は、床に両手をついて四つん這いになると、見る間に狼とも虎ともつかない獣に身を転じた。
「ぅるおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 ジーンズからはみ出したふさふさした尻尾を逆立てて、虎一がその狼のような口で天に向かって大きく吼えると、『怪異』の周りの空間の亀裂が瞬時に修復された。
 逃げ場を断たれた『怪異』は、全身をバネのようにくねらせて、奉に向かって、飛び掛った。
「くぅっ!」
 奉は、両手を前にかざし、『怪異』の特攻を寸でのところで防ぐ。
 しかし、『怪異』は、渾身の力を込めて、なおも奉に向かい襲いかかる。

ひゅびじゅぃっ!

 かろうじて侵食を防いでいるものの、奉の内から溢れる『節制』と干渉し、凄まじい衝撃波が巻き起こった。
「いけない! このままじゃ……虎一! 柚葉! メイル! ポー!
 あたしの感応能力で、あんたたちの心をあの『怪異』と繋げるわ!
 なんとかして、隙を作って!」
「ちょ、おいっ! 待ちやがれ! そんなこと……」
「問答している暇はありません!
 無茶な賭けですが、やるかしかありません!」
「せや! うちらが捨石になっても、それが隙になるかもしれへん!」
「いいよ! ねーちゃん……やって!」
「みんな、ゴメン……はあぁぁぁ!」
 柚葉の声を合図に、司は、内に在る『力』を基に四人の心を『怪異』へと繋げた。

 心の弱いものならば、一瞬たりとも自我を保っていられないような重苦しい『何か』が四人の心を覆い尽くした。

 虎一は、『見た』。
 時間を読み、空間を律することの意味も知らず、特化した能力に驕った自分の姿を。

 柚葉は、『見た』。
 冷たい目をした白衣の大人たちに見下ろされ、拷問のような実験に苦痛の悲鳴を上げる自分から目を背け、大人たちを憎み続ける自分の姿を。

 メイルは、『見た』。
 栄華と言う名の怠惰を貪る民を見限り、五皇神を奉じる神殿に引き籠り、腐敗に目を向けず、自らの世界に閉じこもった自分の姿を。

 ポーは、『見た』。
 類稀な霊力を持ったがゆえに、周囲から謂れのない迫害を受け、荒んだ日々を過ごしていた遺跡と出会う前の自分の姿を。

 それこそが『負の感情』。
 己の内で、己でさえ、目を背けたくなるほど、恥じた自分の姿だった。

 しかし、今なら、奉と司に触れた今なら分かる。

 これは、受け入れなくてはならないものだということが。

 恥じた自分であっても、それなしでは、今の自分はありえないということを。

 それが心の内にあればこそ、自らを戒め、強く在れることを。

 何も無駄なことなどない。要らないものなど何もない。

 そのことにようやく気付いた。気付かせてくれた。

 熱い涙が頬を濡らし、四人は、同じように両手を広げた。

 心の内に怯えながらも、泣きじゃくる自分の姿が入ってくる。


 四人は、自分の『穢れ』を受け入れたのだ。

 そのとき、奉に迫る『怪異』の勢いが弱まった。
「神鳴る業よ!」

ぴじゅばぢぃぃ!

 奉は、天を指差し叫ぶと、蒼天から、いきなり、雷光が降り注ぎ、『怪異』を弾き飛ばした。

「奉! あたしの中の『力』! 全部、あんたに託すわ!」
 そう言って、司は、天を仰いだ。
 すると、その金の髪は、波打ち、全身から金色に輝く気が立ち上り、司の内に在るすべての『力』が解放された。
 奉は、張り巡らされた鎖を使って、反動をつけ、大きく飛び上がった。
「世界よ! 我が愛しき『力』よ!」
 その声に応え、司の身体から溢れ出す金色の気が奉を包み込むように集まった。
「『節制』たる我が導く!
 歪みし心! 自らを禍呪に沈め、世を飲まんとするものに鉄槌を!」
 奉が手にした本―禁書・言霊綴りを開くと、無数の紙が宙を舞い、『怪異』を取り囲み、金色に輝く『力』が次々と吸い込まれていく。
「我が真名、カルマ=奉=アネスの名のもとに!
 討て!」
 紙に書き記された文字が金色に輝き、そこから『怪異』に向かって、いくつもの光の雨が降り注いだ!

ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぃぃぃぃん!

 巨大な『怪異』の身体が光の雨で、徐々に削り取られていく。

 奉は、司より託された『力』を『節制』により導き、禁書・言霊綴りに記されたそれぞれの魂の名−真名に乗せ、光弾として打ち出した。

 『力』と『節制』の統合。それは、本来あるべき、完全な『世界』。

 それにより、『穢れ』より、生まれ出でた『怪異』は、その『歪み』を正されていくのだ。

「……終わった……のか?」
 『怪異』は、完全に消滅し、その場に立ち尽くした奉に、柚葉が声をかける。
「終わったよ。『穢れ』……ううん、『節制』が『力』と一緒にすべてを正した」
 振り返り、奉は、笑顔で、答えた。
「奉」
 大事な弟の名を呼び、司は、華奢な身体を優しく抱きしめた。
「やったわ。あたしとあんたと、そして、みんなと、護ることができた」
「そうだね。ボクだけでも、司ちゃんだけでもない。みんなで、みんなを護れたんだ」
 奉は、微笑みながら、みんなを見回した。

「虎一さん」
「おう!」
 獣の姿のまま、虎一は、照れくさそうに短く応えた。

「柚葉くん」
「にーちゃん……俺……俺、頑張ったよ!」
 顔を涙で、ぐしゃぐしゃにして、柚葉は、笑った

「メイルさん」
「お役に立てたこと、心より、誇らしく思います。奉様。司様」
 感謝を込めて、メイルは、膝を折り、二人に礼を述べた。

「ポーさん」
「良かったなぁ、奉……あんたに会えて、うち、ホントに……幸せや……」
 声を震わせて、ポーは、言った。

「ありがと、みんな……『節制』を、受け入れてくれて。
 ボク、ホントに嬉しいよ」

 『節制』を受け入れる。
 それは、つまり、『忌み子』を受け入れるということ。
 永劫とも思われる孤独の中にいた奉は、その存在を認めてもらうことを切に願っていたのだ。

「ホント、ありがと。これで、ボクたちも……終われる」
 不意の言葉に、四人は、はっと目を見開く。
 突然、寄り添う奉と司の姿が徐々に消え始めたのだ。
「な、なんでだよ! にーちゃん! ねーちゃん!」
 叫ぶ柚葉に二人は、言った。
「この文明の歪みは、すべて正された。
 でも、まだ、始源から積み重なった果たされない『節制』があるんだ。
 だから、ボクは、また、世界を支えるために『星護座』になるんだ」
「あたしは……『力』を尽くて、奉を受け入れた。
 もう、これで、個としての『神子』の存在は必要ない」
「……まさか、最初から、全部、承知で、命、掛けたんか?
 なんちゅう……ことや……」
 悲しみに顔を歪め、ポーは、力無く床に崩れた。
「ちくしょうっ! こんなんありかよ!
 これじゃ、俺たち、てめぇらを消すために戦ったみてぇじゃねぇか!」
 頬の獣毛を涙で濡らし、虎一は、悲しみに吼えた。
「でもね、ポーさん。
 キミたちが頑張ってくれたから、ボクは、この文明が積み重ねてきた『節制』を果たすことができた。
 みんなを護れたんだよ」
「あたしもそうよ、虎一。
 『節制』を受け入れ、『力』を導いてもらうことで、未来への希望をこの世界に生み出すことができたのよ」
 そう言って、司が右腕を天にかざすと、それを中心に旋風が巻き起こった。

 いや、それは、風ではなかった。
 普通の感覚では、捉えることのできない不可視のエネルギー流。

「これは、まさか、魔力流っ?」
 驚く声をよそに司がその旋風−『魔力流』を解き放った。
「つ、司様! いったい、何を……えっ? こ、これ……は……」
 思わず身構えるメイルだが、『魔力流』は、穏やかに頬を撫で、世界中に広がっていった。
「ま、まさか……司様!
 復活するのですか? 魔力が!」
「そうよ。再び世界に魔力が満ちるまで、かなりの時間がかかるだろうし、どんな影響が出るかは、まだ、分からない。 
でも、世界は確実に変わっていくわ」
「いろんな混乱が生まれるかもしれないけど、みんなみたいなヒトがいるんだもん。
 きっと、乗り越えられる。ボク、この世界を信じてる」
「でも、にーちゃん……また、苦しむんだろ?
 にーちゃんが背負うことないのに……ホントは、みんな、『節制』を受け入れなきゃなんないのに……それが、できないからって、なんで、にーちゃんだけが……」
「でもね、柚葉くん。これは、ボクが望んだことなんだ。
 みんなの『穢れ』を背負って傷を受けることで、ボク、この世界と繋がるんだ。
 それにね……」
 奉は、みんなに優しい笑顔を向けて、言った。
「ボクは、みんなが好きだから」
 その微笑に、誰も何も言うことができなかった。

 みんなが好きだから、大好きだから、どんなことにも耐えられる。
 いつか、すべての『穢れ』が在るべき場所に還ることを信じていられる。

「いつか、また逢える日が来る。
 絶対、来るよ。大丈夫、ボク、信じてる」
「その日が来るの、楽しみにしててね。
 だって、それは、多分、あたしたちの望む世界が来る日だから!」

 ゆっくりと、そして、確実に満ちていく魔力を全身に感じ、四人は、奉と司が消えていくのを最後まで見届けた。

 

エピローグ

 雑多な街中を、背の高い青年、幼い少年、妙齢の女性、年若き少女が奇妙な取り合わせで歩いていた。

「けっこー建て直ってきたよな」
 活気に溢れた街中を見回し、虎一は、言った。
「これも国連が率先して、復興を指導しているお陰ですね」
「まあ、あんだけ脅しておけば、やんないわけにはいかないんだろうけどね」
 メイルの皮肉を込めた発言に、少し頬を引きつらせながら言う柚葉。
「異なこと言うもんやないで、柚葉。
 あれは、懇切丁寧、力の限りを尽くしての切なるお願いやないの。
 まあ、ちょっとは、実害も出たかも知れへんけど、それは、因果応報ってやつやね」
 さらっと言うポーに、虎一も顔を引きつらせる。

 遺跡を後にした四人は、生き残った国連に事態の終結を告げに行った。
 しかし、その傲慢で、高圧的な人を見下すような態度と、諸々の恨みごとが相乗効果を生み、四人の怒りが爆発したのであった。

「VIP専用ってわりにゃ、核シェルターって、ヤワだったよなぁ〜」
 建物の残骸と、土下座する老人たちの姿が虎一の脳裏をよぎった。
「まあ、そんな些細なことは、放っておいて、これからのことですが、みなさん、考えてくれました?」

 メイルの話は、こうだった。

 世界各地には、まだ、終焉を迎えた文明が残した遺跡が数多く残っている。
 今後、世界中に満ちる魔力で、その遺跡にも、何かしらの影響が出るかもしれない。
 そこで、世界中に点在する遺跡の監視や、未確認の遺跡の調査をして行こうということだった。

「うちは、OKやで……っちゅーか、うちが元々やってたことと、全然、代わりないもんやしね」
「俺もだ。腕も磨けんだろうし、それに、郷からは追ん出されたままだしな」
「虎一にーさん、実は、そっちのほうが重大な理由なんとちやう?」
「……どーでもいいだろ? 俺はもとより帰るつもりなんてねぇんだ。
 ちょうど良すぎて、ありがたいくれぇだぜ。
 んで、てめぇは、どーすんだ? 柚葉」
「やるよ。にーちゃんとねーちゃんが託してくれた世界だもん。
 俺、絶対、護ってやるんだ!」
 誰よりも真剣な顔で、柚葉は、拳を握り締めた。
「決まりですね。
 では、手始めに、『星護座』及びその周辺の遺跡を潰滅させましょう!」
「おいおい。『潰滅』って、いきなり、過激じゃねぇか?」
「メイル……なんか、性格変わった」
「いいん? あそこて、メイルねーさんの故郷なんやないの?」
「私も、いろいろと吹っ切らないといけないんです。
 思い出は、大事ですけど、固執させるようなものなら、逆に綺麗さっぱりさせたほうがいいんです。
 それに、私の五皇神に対する信仰は、そのくらいじゃ揺るぎもしません!
 行きましょう! 私たちの新しい始まりです!」
 すがすがしい笑顔で、メイルは、声を張り上げた。
「……『戒〜imashime〜』がいいな」
 ぽつりと、柚葉が言った。
「何言ってんだ? 『戒〜imashime〜』……ってなんだよ?」
「ん。俺たちの名前。
 俺、これだけは、忘れちゃいけないって思うんだ」
「そうですね、柚葉。良い名、ですね」
 メイルは、微笑みながら、柚葉の髪をくしゃくしゃっと撫でた。
「……せやね……確かに、それだけは、忘れたらあかんもんやわ……『戒〜imashime〜』……」
 自分に言い聞かせるように、ポーは、噛み締めるように呟いた。
「つーか、忘れたくても、忘れられねぇよ。
 あいつらのこと、絶対、忘れっかよ!」
 四人は、立ち止まり、天を仰ぎ見た。

 世界は、『力』に満ち、そして、ゆっくりと変わっていく。
 在るべき姿に。誰もが望む姿に。
 礎となったものが願う世界へと。

―了―

 

イメージソング

spirit of the globe

Song by.Masami Okui

朝焼けに 染まりゆく天と地は
深く抱き合いひとつになる
赤き精霊が降りそそぐ その声は
彷徨い辿り着いた 私を包みこむ

あぁ すべての生命は目覚め この地球は生きる

走り去る獅子や 波打つSand storm
傷ついた心は 愛で満たされる

 

曇りひとつない 瞳の子供達は
踊りながら歌を捧げ 静寂を破る

あぁ 嘆きの天使が いつか この地球に来ても

−守られますように 守れるように−
何処へ続く 祈りの道は
響けもっと高く 空の彼方へ
癒された心は 愛に燃えてゆく

−みんなを愛したい 愛されたい−
そう願う時 乗り越えられる
守られますように 守れるように
すべての生命は 愛にとけてゆく

 

『後書 de BLESS&CURSE外伝〜戒〜』へ

『戒〜imashime〜』
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