創神の珠
〜創り上げるは匠の手
在りて或るを有るとする
叫んで壊す創造者〜全世界の約95%を統治する大帝国『ワス・ウォーディナ』。
その皇都『アネス・ゴルド』には、皇帝が住まう一際高い頂に尖塔持つ建物を五つの建物が護るように取り囲み、全てを見通すがごとく高くそびえたっていた。
城には、内部、外壁などに一切の継ぎ目の跡が見られない。
それは、大昔、建国期に皇帝の側近の一人がこの地にあった巨大な岩山を一夜にして城へと造り変えたからだという。
そんな不思議な出来事があったなど、信じているものはおらず、今では遥か昔のおとぎ話として語り継がれている。
しかし、実在したその側近の一人は、魔道を用いた兵器の開発に抜群の才を持っており、帝国騎士団兵器開発部門『クライ・クラッシュ・クリエイター(通称CCC)』の統括を一任され、数多くの魔道兵器を作り出し、帝国の世界統治に多大な貢献を果たしたという。その兵器開発部門『CCC』は、中央の城を取り囲む五つの建物の一つに本部というか開発工場を構え、職員は、日夜、研究に明け暮れている。
そんな『CCC』本部上空にいきなり暗雲が現れ、ゴロゴロと音を立て始めた。
本部内にある一つの工房は、薄暗く、時折、暗雲に帯電する稲光が光るたび、薄闇から室内の中央にたたずむ一人の男の子の姿を浮き上がらせた。
真っ白な短い髪、着古したオーバーオールの上に薄汚れた白衣をまとい、首からは大きなゴーグルをぶら下げ、腰回りには、工具の収まったベルト式のホルダーが巻き付いていた。小柄な身体つきにふさわしい可愛らしい容姿をしているが、何故か時折、不気味に「くっくっく」と含み笑いを漏らしている。
「完成じゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然、男の子が叫んだ。
…………………ガシャーン!
少し間をおき、大きな音を立て、稲妻が地面に突き刺さった。
「……ズレたな。
レクルスくん! タイミング遅れたぞ!」
「す、すみませぇ〜ん!」
男の子に言われて、ケージの天井から男の声がした。
「う〜ん、まぁ、いい。ともかく、こっちに降りてくるんじゃ」
「は、はぁ〜い。ちょ、ちょっと待って下さいね……よぉっと」
注意深く梯子を下りて、タッと床に降り立ったのは二十歳半ばの青年だった。
少しクセっ毛の短い黒髪、着込んだ白衣が良く似合う典型的研究者姿で、メガネをかけた気弱そうな青年。
彼の名は、レクルス=ウィナーゲル。
三ヶ月前に、ワス・ウォーディナ帝国の属国の研究機関から、皇都の『CCC』に転属になったばかりの新米武創士(ウェブ・イム)である。武創士(ウェブ・イム)とは、魔導兵器を専門に開発する者たちで、魔法に関して、かなり精通した知識と剣や鎧など造る物に対しての名工級の技術を持っていなくてはならない。
「しかし、室長、なんで雷雲の呪文を唱える必要があったんです?」
魔法が解除され、青空が戻り、薄暗かった工房に太陽の光が射し込んだ。
「研究が完成したからじゃ」
満面の笑みで答える男の子は、匠=クリュマフ。
幼い容姿からは想像できないほど、魔道工学に関して抜群の才を持つ紙一重な天才児であり、帝国騎士団兵器開発部門『クライ・クラッシュ・クリエイター』の統括者にして、皇帝親衛隊『HEAVENorHELL』の一人。
「古来より、科学者の研究や実験が完成したら、部屋を暗くして、稲光とともに完成の名乗りを高らかにあげるものなのじゃぞ」
「はぁ〜、そんなもんなんですか?」
「そうじゃ! まぁ、レクルスくんは、ここに来てまだ日が浅い。
徐々に色々なことを覚えていくんじゃぞ。
いやぁ〜、しかし、君が精霊魔術に長けていて助かった!
天候気象関係の魔法は、難易度が高く、習得可能な者は、年々少なくなっておるからのぉ。
ワシ自身が呪文を唱えたのでは、今以上にタイミングを逃してしまうし、片手間の制御じゃと、サンダーストーム巻き起こす可能性も捨てきれん」
「……そ、そぉ〜なんですか?」
「そんなことは、滅多にないから、怯える必要はないぞ。
ともかく、次も頼むぞ、レクルスくん!」
言いながら、腕を精一杯上に伸ばして、レクルスの背中をポンポンっと叩いた。
「ところで、どうじゃ? 皇都での生活には慣れたか?」
「あ、はい。物は豊富ですし、研究機材はそろってますし、興味深い文献は、山ほどですし、研究者にとって、ここは天国ですね!」
頬を紅潮させて答えるレクスルに、匠は、嬉しそうに微笑んだ。
「そーか、そーか。では、研究室の者とは慣れたか?」
「え? そ、それは……」
頬を引きつらせて、レクルスは、ここに来てからのことを思い出した。
機動兵器開発主任の造った魔導砲の自動照準装置の標的にされ城中を逃げ回ったり、生体兵器開発主任の遺伝子操作実験の被験体にされかけたり、研究が失敗するたびに爆発騒ぎを起こす室長の研究の後始末に終われたりetc。
「……な、慣れません、どうしても……ってゆーか、この日常に染まりたくないっす」
「ふむ、まぁ、正常な認識じゃの」
そのあとの、「時間の問題じゃがな」という匠のセリフをレクルスは、意識して、聞き流した。
「と、ところで、室長、いったい何が完成したんですか?」
レクスルは、目の前にある布に覆われた悠に三メートルを越える大きな物を指差した。
「まぁ、待つのじゃ。お披露目は、あやつが来てから……」
すると、突然、匠たちの背後にあった扉が、いきなり、バタンっと開け放たれた。
「匠ぃ、邪魔するわよ」
レクルスが振り向くと、そこには、柔らかな光を放つ金髪を腰まで伸ばした十五、六歳の美しい少女が立っていた。
「あ! あの、し、室長! あ、あの方、き、騎士団長の……」
「おお、司! よく来たのぉ」
緊張のあまり、慌てふためくレクルスとは対照的に、匠は、その少女に片手を上げて歩み寄った。
彼女は、ワス・ウォーディナ帝国が誇る帝国騎士団の長にして、皇帝親衛隊『HEAVENorHELL』リーダー『司=マーフェス』。
少女でありながら、抜群の指導力と統率力を兼ね備え、金糸、銀糸の刺繍で飾られた白のローブを身にまとい、その美しい容姿もあいまって、帝国の象徴として、信望を集めている。
「あんたが来いって言ったんでしょ?
それで? 今度は、何創ったの? 天候操作して、落雷させるくらいなんだから、さぞかし凄いもんなんでしょ?」
しかし、ワクワクと目を輝かせて尋ねるその様子は、年相応の少女のように見えた。
「ふふん! 今度の発明は、凄いぞ!
これこそ、我が研究の究極の姿じゃ!」
「キューキョクぅ? あんたの『究極』は、当てになんないのよねぇ〜」
「ふっ、そんなことを言っていられるのも今のうちじゃ。
見るが良い!」
匠はそう言って、シーツの端を握り締め、一気に引き剥がした。
それは、人を模した巨大な機械だった。
鈍く輝く鉄。頭部についた一対の光学センサーは、瞳のように配置されており、口元と思われる部分は、仮面のようなもので覆われて、精悍なイメージを出している。
「ほぉ〜! これは、凄いかも! ゴーレムとも違うみたいね。
ウィナーゲル研究員、とっとと匠からシーツ取ってあげて。
説明してもらわなきゃ」
「え? あ、し、室長ぉ!」
いきなり声をかけられ、レクルスは、勢い余ってシーツを頭から被ってしまい、もがいている匠に駆け寄った。
「ふぉ〜、助かったぞ、レクルスくん」
「大丈夫ですか? 室長」
ケヘケへと、咳き込む匠の小さな背中をさすりながら、レクルスは、心配そうに声をかけた。
「いつものことよ。匠は、趣味に走ると周りが見えなくなるのよね。
自分すら見失うこともあるんだから、気にしないの。
いきなり匠の助手にされて、あなたも大変よね」
「はぁ……あ、あの、マーフェス騎士団長は、その、わ、私のことをご存知なのですか?」
自分のような来たばかりの末端の研究員のことを司のような高い位を持つ者が知っているとは思わず、レクルスは、思わず尋ねた。
「知ってるも何も、あたしが判を押さなきゃ、あなた、ここにいるわけないじゃない。それに、匠から頼まれてたのよ。『精霊魔法に長けた職員補充してくれ』って」
「ああ、なるほ……って、室長ぉ、私の価値って、雷呼ぶことだけなんですか?」
「い、いや! そんなことわないぞ!
もちろん、君の研究者としての資質も充分配慮してでの採用じゃ!」
「ホントですかぁ〜? 随分、慌てて取り繕ってる気がするんですけど?」
「ほ、ほら! ワシは、まだ小さいから、難しいことは、よく分からんのじゃ!」
「全っ然、説得力ないです、室長」
匠の純真な子どもの振りにレクルスは、疑わしい視線で見つめた。
そのやりとりを面白そうに見ていた司だったが、いいかげん飽きてきたのか、二人の間に割って入って、声をかけた。
「雇用問題については後日言及するにして、とっとと解説してくれない?」
「おー、そうじゃった! 待たせてすまんのぉ、司。
これこそ、究極の人形機動兵器(ひとがたきどうへいき)!
その名も『パニシュウム』じゃ!」
……………………………………………
「……レクルスくん、雷」
「え? あ、は、はい!」
カッコつけて、手を上げたままの匠に言われ、レクルスは、慌てて呪文を唱え始めた。
「……ねぇ、そこまで、形式にこだわらなくてもいいんじゃない?」
「何を言う!
研究者たる者、決めのときに稲光を浴びんでどうする!」
「いや、『どうする』って言われても。
第一、それって、マッドサイエンティストの定義なんじゃ……」
「―天雷!―」
がしゃぁぁぁぁぁぁぁん!
半ば呆れた司をよそに、レクルスの鍵呪に応え、雷が大きな音と共に降り、窓から射し込んだ金の光が匠と人形機動兵器『パニシュウム』を照らした。
「まぁ、完成のたびに、落雷させるのはいいけど、周りを充分気をつけてよ。
この前なんか、剣士隊の訓練と重なって、鎧めがけて雷降ってきたんだから」
「分かった、分かった! 善処する。
よし、それじゃ、説明に移るぞ!」
匠がパニシュウムの近くの机に置いてある金の台座に置かれた一抱えもある水晶球に両手で触れると、そこから光が放たれ、宙に大きな長方形のスクリーンを作り上げ、パニシュウムの設計図面が映し出された。
「装甲は、単一元素で構成し、重圧力で圧縮精製した超々硬度のヴェンフ鋼を使用し、外部装甲に、魔導銀で呪的シンボルを隈なく描き、さらには、人間の血管と同じ配置で内部に魔導銀を血管を構成し、魔力伝導を強化!
各部駆動を極限まで人間の四肢に近づけ、近接格闘戦も難無くこなす。
動力には、精製に精製を重ねた光玉石と闇塊石を組み込み、対消滅によって莫大なエネルギーを生み出す!
また、両手の五指を完全再現することにより、今まで不可能だった呪文詠唱時に必要な複雑な印を組ませることを可能とし、搭乗員の詠唱と動力の魔力を媒介に魔法の使用も可能となる!
これこそ、まさに究極の機動兵器と言えるのじゃ!」
一気にまくし立て、匠は、どうだ!とばかりに胸を張った。
「へぇ〜、近接及び魔道戦専用の機動兵器ってわけね。
けど、名前、そう、ここんとこ、なんで、人形(ひとがた)っていうの?
普通、『人型』ってするんじゃないの?」
司が宙に浮いたスクリーンの名称部分を指差して尋ねると、匠は、良くぞ聞いてくれたとばかりに顔をほころばせた。
「流石じゃの、司!
そうじゃ! このパニシュウムの最大の特徴は、まさにそこにあるのじゃ!」
匠は、水晶球の表面を指で弾いて信号を送ると、スクリーンは、水平になり、パニシュウムの姿が立体的に浮き上がり、胸部、両腕部、両脚部の一部分がアップされた。
「こ、これは……!」
「気付いたか。この各部にシンボライズされた呪符を配置し、そして、機体のモデルに神像を使用しておるのじゃ!」
「……あ、あの、話が見えてこないんですけど?」
申し訳なさそうに尋ねるレクルスに、司が説明を付け加える。
「つまりね、この『パニシュウム』自体が呪術に使用される人形(ひとがた)と同じ物っていうことね」
「じゅ、呪術ですか?」
レクルスが驚くのも無理はない。通常、魔導兵器と言えば、魔導砲に代表されるような砲撃兵器や、生成段階で魔法効果を付加された武器防具、異種生物の合成による魔法生物などの生体兵器がほとんどである。
それを、人型の機動兵器を造ることですら珍しいのに、扱いの難しい呪術を取り入れるなど、思いもよらない発想であった。
「で、わざわざ人形を模したことで、どういうことができるの?」
「ふむ、それはだな、このパニシュウムが攻撃を受けた場合、モデルにした神像と各部に飾られた呪符を外部装甲を飾る魔導銀による紋様が回路の役割を為し、受けた攻撃の度合いに見合った『呪い』を自動的に相手に放つという画期的システムなのじゃ!
敵対する全てに呪いを放つ! 敵なるものに、神罰を下す!
まさに、『パニッシュ(=罰する)』の名に相応しい究極の機動兵器じゃ!」
大威張りの匠だが、レクルスは、そのえげつないシステムに頬を引きつらせ、司の顔からは、表情が消えていた。
「ん? どうしたんじゃ?
さぁ、大いにワシを褒めるのじゃ!」
「その前に、匠、ちょっと聞いていい?」
「なんじゃ? 遠慮はいらんぞ」
「さっき、『搭乗員』って言ってたわよね。
ということは、これには、乗り込んで操縦するタイプなのね?」
「そのとおりじゃ。
パニシュウムの動力の光玉石と闇塊石の対消滅には、生物の発するオーラを起動時に使う必要があるからの。
それに、細かな動きをするには、やはり、人の意思がベストなのじゃ」
説明をしながら、匠が再び水晶球を操作すると、パニシュウムの腹部がプシューっと煙を吐きながら開き始めた。
操縦席と思われるその部分は、人間が大の字になって収納されるタイプであった。
「サイズが小さいわね……匠専用機ってこと?」
「いやいや、その辺は抜かりないぞ。
レクルスくん、ちょっとこっちに来てくれ」
ニコニコと手招きする匠に少々怯えながらレクルスは、お子様室長の側に寄った。