匠は、水晶球を操作して、パニシュウムを肩肘をつく形に座らせると、レクルスを促して、その機械の瞳と目を合わさせた。
「ここで、こうやってだな、搭乗者の情報をパニシュウムに認識させて、こうじゃ!」
匠が水晶球の一点を指先でタンッと弾くと、操縦席が機械的な音を立て、レクルスの身体に合わせて形を変えていく。
「OKじゃ! これで、このパニシュウムは、次に変更するまで、レクルスくん専用機と言うわけじゃ!」
「あ、あの、私と同じような体型の人が乗っても大丈夫なんかないんですか?」
「いや、さっきの認識時にレクルスくんの霊的ゲノムもインプットされたんじゃ。
これは、生体のDNA以上に識別が厳密じゃから、それ以外の人間が動かすことは不可能と言ってよい。
さぁ、レクルスくん! 機動実験じゃ!」
「……って、なに、匠! あんた、まだ機動実験してなかったの?」
「うむ。しょうがないじゃろ?
ワシが乗ったところで、誰がデータ取るわけでもなし、せっかくじゃから、機動実験に司も立ち会ってもらおうと思ってな」
「ちょ、ちょっと、室長! それじゃ、私、実験材料みたいじゃないですか!」
顔を青くして、叫ぶレクルスに、匠と司は、無言で視線をそらした。
「……あ、あの、じょ、冗談ですよね。そんな……うやっ!」
司にガシっと肩を掴まれ、レクルスは、ビクッと身体をすくませる。
「き、騎士団長ぉ〜、あの、私……」
「まぁ、いいから、いいから。
サクっと乗ってみて、ウィナーゲル研究員!」
司は、その華奢な身体からは想像できないほどの力で、レクルスを持ち上げると、パニシュウムの操縦席に押し込んだ。
「う、うぉ! ちょ、これって……!」
型にはめられるように操縦席に押し込まれると、すぐにパニシュウムの腹部が閉じ、レクルスの身体にいくつもの配線がセットされ、次々と接続が完了する。
〈擬似神経節、コンタクト、終了。オーラ、識別。
搭乗者、レクルス=ウィナーゲル、確認〉
突然、機械的な音声が操縦席内に響き渡った。
〈人形機動兵器パニシュウム、機動〉
ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!
駆動音と共にパニシュウムの外部装甲に飾られた紋様が機体全身を駆け巡る魔力に反応して光を放ち、ゆっくりと立ち上がった。
「おお〜、ホントに動いたわよ!」
「……司、おぬし、ワシのこと信用しておらんな」
「そんなことないわよ。
兵器開発の腕は、別として、あんたのことは、充分信頼してるわ」
不機嫌な目で見上げる匠に、司は、悪びれた様子もなく言った。
「そこを信頼してもらいたいのじゃ、ワシは!」
「『信頼』って、一ヶ月に五回も六回も爆発騒ぎ起こすあんたのどこを信用すんのよ」
「……そ、そこは、その、この天使のように純真な愛らしさをじゃな……」
「こんなジジむさいお子様のどこが愛らしいってぇのよ!」
司は、ベシっと匠の白い髪をはたいた。
『あ、あのぉ〜、室長! 私、どうすればいいんですか?』
「あっつ〜……う〜、そうじゃな、取り敢えず、工房の中を歩いてみるのじゃ。
操縦方法は、普段歩くように四肢を動かすようにしてみてくれ!」
おずおずと尋ねる機中のレクルスの呼び声に、匠は、はたかれた頭をさすりながら、答えた。
『えーっと、歩くようにって、こ、こうかな?』
そう言いながら、レクルスが内部で身をよじると、「ガシュン! ガシュン!」と、音を立て、パニシュウムが見事、歩き始めた。
「よし、うまいぞ!」
「随分スムーズに動くわね。どうなってんの?」
「うむ、内部から伸びた何本もの擬似神経節がレクルスくんとパニシュウムを繋ぎ、機体を搭乗者の第二の身体にしておるのじゃ」
「なるほど、なるほど。
それでさ、匠のお気に入りのシステムだけど、それって、いわゆる『呪詛返し』ってことよね?」
「まぁ、そうなるのぉ」
「神像をモデルにした機体だから、攻撃した相手に呪いが掛かるのよね」
「そうじゃ、さっき、そう言ったはずじゃぞ」
「けど、それって、神像を傷つけた『罰』って意味で呪いが掛かるんだから、搭乗者には、どうなの?」
「………………は? ああ! あ〜あ〜! てへ!」
司に問われ、一瞬、固まった匠は、申し訳なさそうに笑った。
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
スパァン!
虚空から瞬時に、ハリセンを生み出し、綺麗なスイングで再び頭をはたいた。
『ど、どういうことなんですかっ?』
怯えた声のレクルスに、司が気の毒そうに答えた。
「しょうがないわね。
あのね、神像をモデルに使ってるって言ってたでしょ」
『は、はぁ』
「だから、攻撃した相手が『罰』を受けるんだけど、それは、搭乗者にも言えることなのよ」
『はぁっ? ど、どうして! だって……ええっ?』
「だから、攻撃を受けた不始末ってことで、搭乗者に『罰』が下っちゃうのよ」
『へぇ?』
あまりのことに、レクルスは、情けない声を出した。
当然と言えば、当然であった。
『人を呪わば穴二つ』の言葉どおり、神像をモデルにするのだから、このくらいのリスクを負うのは、当然であろう。
『そ、それで、私は、どうすればいいんですか?』
「取り敢えず、降りたら?
それに乗ってて、うかつな行動したら、もれなく神罰下っちゃうだろうし」
『うぉ! 降ります! すぐ降ります!
今すぐ! そりゃもう疾風のごとく!
あ、あれ? これって……し、室長! これ、どうやって降りるんですか?』
「ん? えーっと、第二の身体なのじゃから、そこから降りるイメージをすれば……や? 降りる方法……ないのぉ」
「何やってんのよ! あんたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
スパパパパァン!
司は、連打でハリセン振り下ろし、匠を床に打ち倒した。
「し、しかしなぁ、参考にしたものには、搭乗するムービーはあっても、機体から降りるなどなかったんじゃ!」
「何よ、それ! あんた、一体なにを参考にしたのよ!」
司は、水晶球が置いてある机に歩み寄り、その上に散乱しているものを見つけて、さらに激昂した。
「コレは何なのよ! 匠!
『スー○ーロ○ット大戦』に『ブレ○ブ・サ○ガ』!」
そう。それは、この剣と魔法の世界でも生き残り続けたゲーム業界の中で、かなりのシェアを占めるゲーム機専用のゲームソフトだった。
「ああ、やめるんじゃ! 司!
それは、買ってから、まだ3回しか、クリアしておらんのじゃ!」
「匠ぃ〜! あんた、また、ゲームに影響受けて、ひらめいたのね!」
『ま、『また』って?』
「匠の悪い癖なのよ。ゲームにのめり込むと、それを実際やってみたくなるの。
今だって、魔導砲とか、魔法剣とか、魔法生物とか、その理由で創られたんだから。んで、最初に創った時は、決まって、こんな騒ぎを起こすのよ。
頭いいのに、こーゆー学習能力は、皆無なのよねぇ」
『しみじみ言わないで下さい! 騎士団長!』
司のようすに、レクルスは、半泣きの情けない声を上げ、そのたびにパニシュウムが動き回り、「がちょん! がちょん!」とやかましい音を立てる。
「匠、これからのアクセスはできないの?」
操作に使っていた水晶球を指差し、尋ねる司に、匠は、難しい顔をして答えた。
「ふむ、やってもよいが、腹を開くことになるから、擬似神経節で、フィードバックが起こり、レクルスくんにも腹が裂けるような激痛が走るかも知れんのぉ」
『げぇ!』
「バカね、匠。そーゆーのは、黙ってるの。
そうすれば、やっちゃった後でも、『ごめぇ〜ん』で済まされるじゃない」
『そこぉ! 不穏なこと言わないで下さいぃぃぃぃ!』
三メートルを越す巨大な機体で、ずざざざざっと後ずさり、レクルスは、マジで怯えた声を上げる。
「落ち着いて……って、無理もないけど……匠、他に方法はないの?」
「動力である光玉石と闇塊石の出力を極限まで落として、搭乗者へのフィードバック防御をフルにすれば、何とかなるかもしれんが、そのふたつの操作へ集中すると、今度は、機体腹部開閉ができんのじゃ」
「擬似神経節の解除は?」
「……い、いやぁ、そこまで、考えておらんか……たぁっ!」
三度、スパァンっと頭をはたかれ、匠は、床にうずくまった。
「なるほどね。
それじゃあ、ウィナーゲル研究員。
動力の出力最少、フィードバック防御最大で、外部から機体を破壊するから、頑張ってね」
ニコっと笑う司の笑顔に、つられそうになるが、レクルスは、一つの疑問を投げかけた。
『あ、あの、それって、どんなリスクがあるんですか?』
「ちっ、ごまかせなかったか……ってのは、冗談だから。
ああ、こら! でかい図体して、工房の中、走らないの!」
逃げ回り、工房の隅っこで、機体を恐怖でガタガタ震わせるパニシュウムを追いかけて、司と匠は、なんとかレクスルをなだめ、話を聞かせる。
「まぁ、あれだ。破壊する際のフィードバックによる激痛は、0に近くなるんじゃが、攻撃するときの衝撃は、防ぎようがないからのぉ」
『あ、あの、腹部、こじ開けるだけなんですから、そんなに衝撃ないように思うんですけど?』
「匠のお気に入りのシステム忘れたの?
こじ開けるってのは、攻撃するようなものでしょ?
つまりは、あたしたち、この神像に呪われちゃうじゃない。
だから、そんなヒマ与えないように、動力の光玉石と闇塊石を一瞬で叩き潰す必要があるのよ」
「それには、まず、装甲に使用してある超々硬度のヴェンフ鋼を打ち砕かねばならんのじゃ。となると、それ相応の衝撃が内部に響くこと間違いなしなんじゃ。
それに、ヴェンフ鋼と二つの動力を同時に打ち壊す力加減も、シュミレーションだけでは、感じが掴めんのでな。ぶっつけ本番で行くしかないということなのじゃ。
一応、搭乗者保護システムで、最低限の生命維持くらいはできると思うが、痛いことは、痛いと思うでな……まぁ、頑張ってくれ」
同情するように、ポンポンっとパニシュウムの脚を叩き、匠は、極力明るい声で言った。
『そ、そんな!……イヤです! 拒否します!
冒険心を人で試さないで下さいぃ!』
最もな意見を言うレクルスの声に応えるかのように、パニシュウム全身に魔力が満ち溢れ、その五指が複雑な印を組んだ!
「いかん! レクルスくん、逃げるつもりじゃ!」
「ちょっと、止め……こんなことしても、なんにもなら……」
司の声を遮り、レクルスは、魔法を解き放つ。
『―嵐龍旋!―』
ひゅごぉっ!
パニシュウムを中心に竜巻のごとき旋風が巻き起こり、その周りのものを吹き飛ばした。
「こ、この魔法、こんな強力なはず……!」
「どうやら、取り付けてあったブースターの作動は正常らし……ぅおおぉ!」
「匠ぃ! くっ……はぁっ!」
暴風にあおられて、飛ばされかけた匠の襟首を掴んで抑え、司は、『力』を込めた手刀で風を切り裂いて匠ともども難を逃れる。
その隙に、レクルスは、手近な壁を打ち破り、外へと逃げ出した。
「人が親切にしてやろうと思ったのに、逃げたわねぇ〜!」
「や、別段、親切じゃなかったと思うんじゃが……?」
「黙りなさい、張本人!
こうなったら、非常事態宣言よ!」
司は、懐からペンダントを取り出し、口元に当てて、大きく叫んだ。
《騎士団長より通告! 騎士団長より通告!》
それは、音声伝達導具で、城内の至る所で、司の声が響き渡った。
《現在、城内を人形機動兵器パニシュウムが逃走中!
城内の全ての者は、騎士団長・司=マーフェスの指示に従うべし!
戦闘は、絶対禁止!
クライ・クラッシュ・クリエイターは、総力をあげて、パニシュウムを解析!
シャイン・スターズ・シーカーは、観光客並びに文官、非戦闘員を誘導!
エヴァー・エレメント・エンゲージは、VIPを誘導!
ディープ・ドリーム・ドライバーは、魔法による威嚇を繰り返し、パニシュウムを訓練場まで誘導!
なお、その際、直接、攻撃は、厳禁とする!
ルイン・リーバス・ルーラーは、収集した情報をCCCへ逐一報告!》
そこまで、一気に言い、司は、締めくくりにと目を生き生きと輝かせ叫んだ。
《さぁ、みんな! パーティーの始まりよぉ!》
おおぉぉぉぉぉ!
その瞬間、周囲を揺るがすような大歓声が、城内にこだました。
「相変わらずのノリじゃなぁ〜、司」
両手で、耳を塞ぎながら、匠は、呆れたような、でも、どこか楽しそうな顔で、司を見上げていた。
「イベントは、楽しまなきゃ損でしょ」
「ま、そーじゃな。
では、行くとするかのぉ」
いたずらっぽい微笑みを返す司にそう言って、匠が机の上の水晶球に手をかざすと、その金の台座が光を放ち、水晶球は、見る間に手の平サイズの宝珠へと変わった。
台座と思われていたものは、その四肢に宝珠を抱え込んだ麒麟の彫像で、匠は、そこから伸びた鎖で、宝珠を首から下げた。
「『天珠・創神(てんじゅ・つくりがみ)』、装備完了じゃ!
別室で『CCC』の研究員が解析しておるデータは、すべて、これに流れ込むぞ!」
「気合入れていくわよ!」
司は、匠を荷物のように小脇に抱えて、壁の大穴から外へ飛び出した。