としよつた農夫は斯う言つた
あの頃からみればなにもかもがらりとかはつた
だがいつみてもいいのは
此のひろぴろとした大空だけだぞい
わすれもしねえ
この大空にまん円い月がでると
穀倉のうしろの暗い物蔭で
おいら
俺等はたのしい逢引をしたもんだ
われ
そこで汝あみごもつたんだ
何をかくすべえ
穀倉がどんな事でも知つてらあ
そうして草も焼けるやうな炎天の麦畑で
われあ生み落とされたんだ
それもこれもみんな天道様がご承知の上のこつた
おいらはいつもかうして貧乏だが
まぐさ こうし
われは秣草をうんと喰らつた犢牛のやうに肥え太つてけつかる
犢牛のやうに強くなるこつた
ばばあ
うちの媼もまだほんの尼つちよだつた
その抱き馴れねえ膝の上で
われあよく寝くさつた
おいら
それをみるのが俺等はどんなにうれしかつたか
そして目がさめせえすれば
山犬のやうに吼えたてたもんだ
いろん おもちや
其処にはわれが目のさめるのを色色な玩具がまつてただ
なんだとわれあおもふ
そこのその大きな鍬だ
それから納屋にあるあの犁と
壁に懸つてゐるあの大鎌だ
われ
さあこれからは汝の番だ
おいらが先祖代代のこの荒れた畑地を
われあそのいろんなおもちやで
つ く
立派に耕作つてくらさねばなんねえ
でけ
われあ大え男になつた
わけえしゆ
そこらの尼つ子がふりけえつてみるほどいい若衆になつた
おいらはそれを思ふとうれしくてなんねえ
しつかりやつてくれよ
もうおいらの役はすつかりすんだやうなもんだが
た ね
おいらはおいらの蒔きつけた種子がどんなに芽ぶくか
たつた
それが唯一つの気がかりだ
それをみてからだ
それをみねえうちは誰がなんと言はうと
決して此の目をつぶるもんでねえだ
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