山村暮鳥
「風は草木にささやいた」



  
 憂鬱な大起重機の詩


 
ぐつと空中に突きだした
うで
腕だと思へ
 
いま大起重機は動いた
 
重い大きなまつ黒いものをひつ掴んで
 
それを軽軽と地面から空中へひき上げた
 
微風すらない
 
此の静謐をなんと言はうか
 
怖しいやうな日和だ
 
蟻のやうに小さく
 
大きな重いものの取去られたところに群つて
        うごめ
うようよ蠢動いてゐる人人
 
大起重機のたしかな力をみろ
 
その大浪のやうな運動を
 
その大きな沈黙を
 
ああ大起重機の憂鬱!
 
ああ大起重機の怪物!
 
此の不可思議な怪力に信頼しろ
 
それの動いて行く方向をみつめて大空を仰いでゐる人人
 
それを据附けたのは何ものだ
 
それをこしらへたのはどの手だ
 
それを考へれば
                           わざ
ああこれは人間以上の人間業だとすぐ解ることだ!
 
人間は自然を征服した!
 
今こそ人間は一切の上に立つべきだ
       めくる
太陽も眩暈めくか
 
ああ人間は自然を征服したか
 
ああ
 
けれど人間は悲しい
 
此の大起重機にその怪力を認めた瞬間から
 
まつたく憐れな奴隷となつた
 
そして蟻のやうに小さくなつた
 
それがどうした
 
それがどうした
                                 ひざまづ
かんかん日の照る地球の一てんに跪坐いて此の大怪物を礼拝しろ
 
ああ此の憂鬱な大起重機の壮麗!
 
ああ此の憂鬱な大起重機の無言!