山村暮鳥
「風は草木にささやいた」



  
 雨の詩


 
ひろい街なかをとつとつと
 
なにものかに追ひかけられてでもゐるやうに駆けてゆくひとりの男
 
それをみてひとぴとはみんなわらつた
 
そんなことには目もくれないで
 
その男はもう遠くの街角を曲つてみえなくなつた
 
すると間もなく
 
大粒の雨がぼつぼつ落ちてきた
 
いましがたわらつてゐたひとびとは空をみあげて
 
あわてふためき
 
或るものは店をかたづけ
 
或るものは馬を叱り
 
或るものは尻をまくつて逃げだした
 
みるみる雨は横ざまに
 
煙筒も屋根も道路もびつしよりとぬれてしまつた
 
そしてひとしきり
 
街がひつそりしづかになると
 
雨はからりとあがつて
 
さつぱりした青空にはめづらしい燕が飛んでゐた