伊東静雄「反響」
小さな手帖から


    夏の終り

 
 夜來の颱風にひとりはぐれた白い雲が
 
 氣のとほくなるほど澄みに澄んだ
 
 かぐはしい大氣の空をながれてゆく
 
 太陽の燃えかがやく野の景觀に
                           かげ
 それがおほきく落す靜かな翳は
 
 ……さよなら……さやうなら……
 
 ……さよなら……さやうなら……
 
 いちいちさう頷く眼差のやうに
 
 一筋ひかる街道をよこぎり
                   みづた  おもて
 あざやかな暗緑の水田の面を移り
 
 ちひさく動く行人をおひ越して
 
 しでかにしづかに村落の屋根屋根や
 
 樹上にかげり
 
 ……さよなら……さやうなら……
 
 ……さよなら……さやうなら……
 
 ずつとこの會釋をつづけながら
 
 やがて優しくわが視野から遠ざかる




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