伊東静雄「反響」
小さな手帖から


    路 上

 
 牧者を失つた家畜の大群のやう
 
 無數の頭を振り無數のもつれる足して
 
 路上にあふれる人の流れは
 
 うづまき亂れ散り
 
 ありとある乘りものにとりついて
 
 いまわが家へいそぐ
 
 わが家へ?
 
 いな! いな! うつろな夜の昏睡へ
 
 ただ陽の最後の目送が
 
 彼らの肩にすべり
 
 氣附かれずバラックの壁板や
 
 瓦礫のかどに照る
 
 そして向うに大川と堂島川がゆつたりと流れる
 
 私もゆつくり歩いて行かうと思ふ
 
 そして何ものかに祈らずにはをられない
                    よ
 ――われに不眠の夜をあらしめよ
 
 ――光る繭の陶醉を惠めよ




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