伊東静雄「反響」
わが家はいよいよ小さし


    九月七日・月明


  よる
 夜更けて醫者を待つ
  あ こ
 吾子の熱き額に
 
 手をやりて
     こぐわい
 さて戸外の音に
 
 耳をかたむく
 
 ――耳傾くれば
      いへ
 わが家は蟲聲の
  おほ      ち
 大き波 小さき波の
 
 中にあり
 
 ……………
 
 たちまちに
           りん
 自轉車の鈴の音
 
 遙かにきこゆ
 
 つと立ちいでし
 ひがみみ
 僻耳や
 
 草原は
 
 つゆしとどなる月ありて
 
 すず蟲の
 
 ただひとしきり
  すず
 鈴をふる音
 
 ――わが待つものの 遲きかな



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