大手拓次
『藍色の蟇』

黄色い接吻

  
  死は羽団扇のやうに


 
 この夜の もうろうとした
 
 みえざる さつさつとした雨のあしのゆくへに、
 
 わたしは おとろへくづれる肉身の
 
 あまい怖ろしさをおぼえる。
 
 この のぞみのない恋の毒草の火に
 
 心のほのほは 日に日にもえつくされ、
 
 よろこばしい死は
 
 にほひのやうに その透明なすがたをほのめかす。
 
 ああ ゆたかな 波のやうにそよめいてゐる やすらかな死よ、
 
 なにごともなく しづかに わたしのそばへ やつてきてくれ。
 
 いまは もう なつかしい死のおとづれは
 
 羽団扇のやうにあたたかく わたしのうしろに ゆらめいてゐる。