『草木塔』


種田山頭火


雑草風景


 
 
柿が赤くて住めば住まれる家の木として


 
 
みごもつてよろめいてこほろぎかよ


 
 
日かげいつか月かげとなり木のかげ


 
 
残された二つ三つが熟柿となる雲のゆきき


 
 
みんなではたらく刈田ひろびろ


 
 
誰も来ないとうがらし赤うなる


 
 
病めば梅ぼしのあかさ


 
 
なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく


 
 
落葉ふかく水汲めば水の澄みやう


   病中 二句
 
寝たり起きたり落葉する


 
 
ほつかり覚めてまうへの月を感じてゐる


 
 
月のあかるい水汲んでおく


   白船老に
 
あなたを待つてゐる火のよう燃える


 
 
ちよいと茶店があつて空瓶に活けた菊


   多賀治第二世の出生を祝して
 
お日様のぞくとすやすや寝顔


 
 
悔いるこころに日が照り小烏来て啼くか


 
 
落葉ふんで豆腐やさんが来たので豆腐を


 
 
枯れゆく草のうつくしさにすわる


 
 
冬がまた来てまた歯がぬけることも


 
 
噛みしめる味も抜けさうな歯で


 
 
竹のよろしさは朝風のしづくしつつ


 
 
霽れて元日の水がたたへていつぱい


 
 
舫ひてここに正月の舳をならべ


 
 
枯木に鴉が、お正月もすみました


 
 
どこからともなく散つてくる木の葉の感傷


 
 
しぐれつつうつくしい草が身のまはり


 
 
ひつそり暮らせばみそさざい


 
 
ぶらりとさがつて雪ふる蓑虫


 
 
雪もよひ雪にならない工場地帯のけむり


 
 
あたたかなれば木かげ人かげ


 
 
住みなれて藪椿いつまでも咲き


 
 
あるがまま雑草として芽をふく


 
 
ぬくうてあるけば椿ぽたぽた


 
 
風がほどよく春めいた藪と藪


 
 
ほろにがさもふるさとの蕗のとう


 
 
ゆらいで梢もふくらんできたやうな


 
 
山から白い花を机に


 
 
ある日は人のこひしさも木の芽草の芽


 
 
人声のちかづいてくる木の芽あかるく


 
 
伸びるより咲いてゐる


 
 
草のそよげば何となく人を待つ


 
 
ひとりたがやせばうたふなり


 
 
花ぐもりの窓から煙突一本


 
 
ひつそり咲いて散ります


 
 
枇杷が枯れて枇杷が生えてひとりぐらし


 
 
照れば鳴いて曇れば鳴いて山羊がいつぴき


 
 
空へ若竹のなやみなし


 
 
身のまはりは草だらけみんな咲いてる


 
 
ころり寝ころべば青空


 
 
何を求める風の中ゆく


 
 
草を咲かせてそしててふちよをあそばせて


 
 
青葉の奥へなほ径があつて墓


 
 
それもよからう草が咲いてゐる


 
 
月がいつしかあかるくなればきりぎりす


 
 
木かげは風がある旅人どうし


 
 
日の光ちよろちよろとかげとかげ


 
 
月のあかるさがうらもおもてもきりぎりす


   樹明君に
 
あんたが来てくれさうなころの風鈴


 
 
炎天の稗をぬく


 
 
てふてふもつれつつかげひなた


 
 
もう枯れる草の葉の雨となり


 
 
くづれる家のひそかにくづれるひぐらし


   病中 五句
 
死んでしまへば雑草雨ふる


 
 
死をまへに涼しい風


 
 
風鈴の鳴るさへ死のしのびよる


 
 
おもひおくことはないゆふべの芋の葉ひらひら


 
 
傷が癒えゆく秋めいた風となつて吹く


 
 
秋風の水音の石をみがく


 
 
萩が径へまでたまたま人の来る


 
 
月へ萱の穂の伸びやう


 
 
旅はゆふかげの電信棒のつくつくぼうし


 
 
つきあたれば秋めく海でたたへてゐる


 
 題して『雑草風景』といふ、それは其中庵風景であり、そしてま
 
た山頭火風景である。
 
 風景は風光とならなければならない。音が声となり、かたちがす
 
がたとなり、にほひがかをりとなり、色が光となるやうに。

 
 私は雑草的存在に過ぎないけれどそれで満ち足りてゐる。雑草は
 
雑草として、生え伸び咲き実り、そして枯れてしまへばそれでよろ
 
しいのである。

 
 或る時は澄み或る時は濁る。――澄んだり濁つたりする私である
 
が、澄んでも濁つても、私にあつては一句一句の身心脱落であるこ
 
とに間違ひはない。

 
 此の一年間に於て私は十年老いたことを感じる(十年間に一年し
 
か老いなかつたこともあつたやうに)。そして老来ますます惑ひの
 
多いことを感じないではゐられない。かへりみて心の脆弱、句の貧
 
困を恥ぢ入るばかりである。
 
(昭和十年十二月二十日、遠い旅路をたどりつつ、山頭火)



つづく
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