『草木塔』以後
種田山頭火


昭和十四年九月〜十二月


 
 
柳ちるもとの乞食になつて歩く


 
 
石に松が昔ながら散松葉
 (白船居)


 
 
海見れば波音ききたくちよいと下車する


 
 
めうとで水汲む青田あをあを
 (沿道所見)


 
 
誰やら休んだらしい秋草をしいて私も


 
 
まづしいくらしのいちじくうれてきた


 
 
秋あらき波音の日ねもすあるく


 
 
ぬれてついてほんにしづかな雨
 (指月堂草房)


 
 
酔ひざめの木の葉ちるなりおちるなり


   宇品乗船
 
ひよいと四国へ晴れきつてゐる


 
 
秋晴れの島をばらまいておだやかな


   一洵君と共に石手川にそうて
 
石を枕に雲のゆくへを


 
 
見上げて高くうごくともないうごく枝


   松山――太山寺
                 ヽ ヽ ヽ ヽ
あすはおまつりのだんじり組みあげて、雲


   横峰拝登
 
すなほに咲いて白い花なり


 
 
山のふかくも鐘おのづから鳴るか


 
 
落ち葉しつくしたる木の実の赤く


   香園寺慈母観音像
 
南無観世音おん手したたる水の一すぢ


 
 
秋の夜の護摩のほのほの燃えさかるなり


 
 
あすはおわかれの爪をきりつつ、秋


   奥の院へ(白瀧不動)
 
お山しぐるる岩に口づけて飲む


   一洵君に、同時に澄太君に
 
落葉ふみわけほどよい野糞で


 
 
木の葉ふるふる野糞する


 
 
蓼に芒を活けそへておわかれの朝
    (十月十五日、みゆきさんに)


 
 
朝焼けのうつくしさおわかれする


 
 
秋晴るる右左さつさとおわかれ


 
 
秋空ただよふ雲の一人となる


 
 
山のけはしさ流れくる水のれいろう


 
 
しつかとお骨いだいて山また山
 (某氏に)


 
 
山の高さ稲よう熟れた


 
 
墓にかこまれて家一つ


 
 
のぼりつめてすこしくだれど秋ふかき寺


 
 
水音のうらからまゐる


 
 
湧いては消えては山の高さの雲の


   一洵君と別れる
 
上へ下へ別れ去る坂のけはしい紅葉


 
 
お客といへば私一人の秋雨ふりしきる


 
 
秋の夜ながれくる水のまんなかを汲む


   十月十六日、雲辺山をめざして
 
秋の水によねんなく障子を洗ふ


 
 
山里はひたむきに柿の赤くて


 
 
のぼるほどに水は澄みてはげしく


 
 
雨ふる栗負うて来て雑魚に代へて


   十月十七日、雨中雲辺拝登
 
山寺かさこそ粟を量るらしい音させて


 
 
雲がちぎれると山門ほのかに


   本山寺
 
鐘が鳴る通りぬけてひさびさの湯へ


 
 
秋の水をさかのぼりきて五重の塔


 
 
秋ふかくまよへる犬がないてまた


 
 
からだぽりぽり掻いて旅人


   普通寺へ
 
塔をめあてにまつすぐまゐる


   屏風ヶ浦海岸等
 
ぬかづけば木の香にほふや秋


   牧水の歌を誦して
 
秋ただにふかうなるけふも旅ゆく


   小豆島にて
 
水をよばれる少し塩気あるうまし


 
 
港はいまし落ちる日の親船小船


   南郷庵
 
その松の木のゆふ風ふきだした


 
 
庵主はお留守の木魚をたたく


   放哉墓前
 
ふたたびここに、雑草供へて


 
     ゴ マ ズ
墓に護摩水を、わたしもすすり


   十月廿二日
   寒霞渓へ
 
ほしうどんほしならべる陽のさゞなみ


 
 
海はなつかしい墓がならんで


 
                フン
青空の下けふを糞する


 
 
をんなは駕で男は馬で紅葉ちらほら


 
 
山は暮れ早い谿の猿さけぶ


 
 
いただきの青空の昼月


 
 
水に聲ある山ふところでねむる


   十月廿三日
 
風ふけばどこからともなく生きてゐててふてふ


   小豆島よ、さよなら
 
波音かすかにどうにかならう


   西光寺
 
散りしくまへのしづかさで大銀杏


 
 
島はゆたかな里から里へ柿の赤さよ


 
 
なかなか死ねない彼岸花さく
 (改作追加)


   十月廿五日
 
枇杷の花やぐみの花や早泊りして


 
 
そのかみのおもひでの海は濁りて
 (壇ノ浦)


 
 
鳴いても山羊はつながれてひとり


   十月廿五日六日
 
秋ふかみゆく笈もぴつたり身について


 
 
暮れると寝て明けるよりあるく山また山


 
 
かうして旅する日日の木の葉ふるふる


   十月廿六日
 
木を伐るしきりにしぐるる


 
 
しぐれて山をまた山を知らない山


 
 
からだ投げだしてしぐるる山


 
 
しぐれて道しるべその字が読めない


 
 
稲を刈るとや枯れて穂のない稲を


 
 
里ちかく茶の花のしたしくて


   大窪寺(第八十八番結願所)
 
ここや打留の水のあふれてゐる


   十月廿七日
 
泊めてくれない折からの月が行手に
 (廿六日夜)


 
 
暮れても宿がない百舌鳥が啼く


 
 
山柿たわわ水にうつりてさらに赤く


 
 
あかあか燃える火が、ふと泊る


   十月廿七日
 
秋山けぶらして炭焼く一人か


   十月廿八日
 
分け入るみちのすすきほほけた


   空襲警報(防空訓練)
 
秋風たちまち赤い旗にかはつた


   十月廿八日九日
   野宿
 
まどろめばふるさとの夢の葦の葉ずれ


 
 
枯葉しいて月をまうへに


 
 
夜露しつとりなむつてゐた


 
 
水にそうていちにちだまつてゆく


 
 
秋もをはりの蚊がないてまつはるいつぴき
 (へんろ宿)


   野宿
 
月夜あかるい舟がありその中で寝る


 
 
ついたところが城跡といふ秋の空
 (土佐泊渡)


 
 
ふたたびはわたらない橋のながいながい風
 (吉野橋)


 
 
ことしの旅も、六十才と書く


 
 
誰もゐない落葉掃きよせてある昼ふかく


 
 
橋があたらしくをなごやのをんなたち


 
 
朝は晴れ夕べはくもる旅から旅へ


 
 
夜をこめておちつけない葦の葉ずれの


 
 
ちかづく山の、とほざかる山の雑木紅葉の


 
 
落葉吹きまくる風のよろよろあるく


 
 
秋の山山ひきずる地下足袋のやぶれ


 
 
お山にのぼりくだり何かをとしたやうな


 
 
よい連れがあつて雑木もみぢやひよ鳥や


 
 
山みち暮れいそぐりんだう


 
 
こんなに草の実どこの草の実


 
 
しぐれてぬれて旅ごろもしぼつてはゆく


 
 
しぐれて人が海を見てゐる


 
 
波音おだやかな夢のふるさと
 (野宿いろ/\)


 
 
秋風こんやも星空のました


 
 
落葉しいて寝るよりほかなく山のうつくしさ


 
 
生きの身のいのちかなしく月澄みわたる


 
 
わがいのちをはるもよろし
 (いつぞやの野宿を)


 
 
歩くほかない秋の雨ふりつのる


 
 
おほらかにおしよせて白波
 (室戸岬へ)


 
 
水もころころ山から海へ
 (ごろごろ浜)


 
 
夜のからだをぽりぽり掻いてゐる


 
 
わだつみをまへにわがおべんたうまづしけれども
 (室戸)


 
 
あらなみの石蕗の花ざかり


 
 
われいまここに海の青さのかぎりなし


 
 
落葉あたたかく噛みしめる御飯のひかり


 
 
こんやはひとり波音につつまれて
 (野宿さま/゛\)


 
 
食べて寝て月がさしいる岩穴


 
 
枯草ぬくう寝るとすると蝿もきてゐる


 
 
月夜あかるく舟があつてその中で寝る


 
 
泊まるところがないどかりと暮れた


 
 
すすき原まつぱだかになつて虱をとる


 
 
かうまでよりすがる蝿をうたうとするか


 
 
ぼうぼううちよせてわれをうつ
 (太平洋に面して)


 
 
うちぬけて秋ふかい山の波音
 (東寺)


 
 
松の木松の木としぐれてくる
 (土佐海岸)


 
 
ここらで泊らう草の実払ふ


 
 
ついてくる犬よおまへも宿なしか
 (途上即事)


 
 
梅干あざやかな飯粒ひかる


 
 
あなもたいなやお手手のお米こぼれます
 (行乞即事)


 
 
お手てこぼれるその一粒一粒をいたゞく


 
 
まぶしくもわが入る山に日も入つた


 
 
ひなたまぶしく飯ばかりの飯を


 
 
まぶしくしらみとりつくせない


 
 
道べり腰をおろして知らない顔ばかり


 
 
旅のほこりをうちはらふ草のげつそり枯れた


 
 
秋の旅路の何となくいそぐ


 
 
石ころそのまま墓にしてある松のよろしさ


 
 
旅で果てることもほんに秋空


 
 
ほろほろほろびゆくわたくしの秋


 
 
一握の米をいただきいただいてまいにちの旅


 
 
木の実おちてゐる拾ふべし


 
 
短日暮れかかる笈のおもさよ


 
 
脚のいたさも海の空は日本晴


 
 
秋もをはりの蝿となりはひあるく


 
 
朝の橋をわたるより乞ひはじめる


 
 
わが手わが足われにあたたかく寝る
 (野宿)


 
 
旅の長さ夜どほし犬にほえられて


 
 
寝ても覚めても夜が長い瀬の音


 
 
山のするどさそこに昼月をおく


 
 
びつしり唐黍ほしならべゆたかなかまへ


 
 
岩ばしる水がたたへて青さ禊する


 
 
山のしづけさはわが息くさく


 
 
なんとまつかにもみづりて何の木


 
 
ほんに小春のあたたかいてふてふ


 
 
朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく
 (大宝寺)


 
 
秋風あるいてもあるいても


 
 
なんとあたたかなしらみをとる


 
 
供へまつる柿よ林檎よさんらんたり
    (戦死せる高市茂夫氏の遺骨にぬかづいて)


 
 
なむあみだぶつなむあみだぶつみあかしまたたく


 
 
ひなたぢつとして生きぬいてきたといつたやうな
 (或る老人)


つづく
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