立原道造「優しき歌 I

  
 うたふやうにゆつくりと‥‥


 
日なたに いつものやうに しづかな影が
 
こまかい模様を編んでゐた 淡く しかしはつきりと
 
花びらと 枝と 梢と――何もかも……
 
すべては そして かなしげに うつら うつらしてゐた

 
私は待ちうけてゐた 一心に 私は
 
見つめてゐた 山の向うの また
 
山の向うの空をみたしてゐるきらきらする青を
 
流されて行く浮雲を 煙を……

 
古い小川はまたうたつてゐた 小鳥も
 
たのしくさへづつてゐた きく人もゐないのに
 
風と風とはささやきかはしてゐた かすかな言葉を

 
ああ 不思議な四月よ! 私は 心もはりさけるほど
 
待ちうけてゐた 私の日々を優しくする人を
 
私は 見つめてゐた……風と 影とを……