立原道造「萱草に寄す」


 
SONATINE No.2

  
 忘れてしまつて


 
深い秋が訪れた!(春を含んで)
 
湖は陽にかがやいて光つてゐて
 
鳥はひろいひろい空を飛びながら
 
色どりのきれいな山の腹を峡の方に行く

       い ち じ く
葡萄も無花果も豊かに熟れた
 
もう穀物の収穫ははじまつてゐる
 
雲がひとつふたつながれて行くのは
 
草の上に眺めながら寝そべつてゐよう

 
私は ひとりに とりのこされた!
 
私の眼はもう凋落を見るにはあまりに明るい
 
しかしその眼は時の祝祭に耐へないちひささ!

 
このままで 暖かな冬がめぐらう
 
風が木の葉を播き散らす日にも――私は信じる
 
静かな音楽にかなふ和やかだけで と