寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 睡蓮の花は昔からしっている。しかし、この花が朝開いて午後に
ねむ
睡るということは、今年自分の家でつくってみて始めて知った。睡
 
蓮というなの由来がやっとわかったのである。睡蓮などという当て
                                                   うかつ
字をかく人のあるのを見ると、これは自分だけの迂闊でもないらし
 
い。人間ののんきさかげんがこんなことからもわかる。しかしまた
 
人間の世智辛さがこれでわかる、とも言われるであろう。


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