寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 夜中に眼が覚めた。どこかで「デンポー、デンポー」と言ってい
 
るらしい声が聞こえる。それが五分もたつとまた同じ声が聞こえる。
 
あまり長い間をおいてしばしば繰り返されるから不思議だと思って
 
注意していると数町さきの通りを通る自動車の「ブ、ブー」という
 
警笛が聞こえる。さっきの「デンポー」はやはり自動車の警笛であ
 
った。笛のうちには音色がかなり人声に似たのがあると見える。


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