上田敏「海潮音」

 
 床

ホセ・マリヤ・デ・エレディヤ




                       あらたへ  しらぬの
 さゝらがた錦を張るも、荒妙の白布敷くも、
          おくつき
 悲しさは墳塋のごと、楽しさは巣の如しとも、
                                  す
 人生れ、人いの眠り、つま恋ふる凡べてこゝなり、
        ご    おい わかき
 をさな児も、老も若も、さをとめも、妻も、夫も。
 

 はふりごと                  う ば たま  くろじゆうじか
 葬事、まぐはひほがひ、烏羽玉の黒十字架に
  きよ
 浄き水はふり散らすも、祝福の枝をかざすも、
 
 皆こゝに物は始まり、皆こゝに事は終らむ、
  うぶや                        そく
 産屋洩る初日影より、臨終の燭の火までも、
 

  あまさか  ひな  ふせや    ももしき  おほみやうち
 天離る鄙の伏屋も、百敷の大宮内も、
  し ま ごん  はえ          あけ  しゆ  ほこ
 紫摩金の栄を尽して、紅に朱に矜り飾るも、
  にびいろ  かし          かへで
 鈍色の樫のつくりや、楓の木、杉の床にも。
 

  ひと       おそれ
 独り、かの畏も悔も無く眠る人こそ善けれ、
                                   うせ
 みおやらの生れし床に、みおやらの失にし床に、
                      おほどこ
 物古りし親のゆづりの大床に足を延ばして。



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