上田敏「海潮音」

  さんごしよう
 珊瑚礁

ホセ・マリヤ・デ・エレディヤ




                       かみさ        あけぼの
 波の底にも照る日影、神寂びにたる 曙 の
            ア ビ シ ニ ア
 照しの光、亜比西尼亜、珊瑚の森にほの紅く、
                ふかうみ  たにくま      すきい
 ぬれにぞぬれし深海の谷隈の奥に透入れば、
                                  たま
 輝きにほふ虫のから、命にみつる珠の華。
 

  ヨウド           に
 沃度に、塩にさ丹づらふ海の宝のもろもろは
 ぬれがみ    かいそう           う に  こけ
 濡髪長き海藻や、珊瑚、海胆、苔までも、
  えんじ むらさき            かしや
 臙脂 紫 あかあかと、華奢のきはみの絵模様に、
                     むしば      おほ
 薄色ねびしみどり石、蝕む底ぞ被ひたる。
 

  こけ                はくほうろく
 鱗の光のきらめきに白琺瑯を曇らせて、
                          たづ    いちだいぎよ
 枝より枝を横ざまに、何を尋ぬる一大魚、
    すきい           ものう
 光透入る水かげに慵げなりや、もとほりぬ。
 

      こうか ひるが             ひれ
 忽ち紅火 飄 へる思の色の鰭ふるひ、
  あゐ  たた                           せいがいは
 藍を湛へし静寂のかげ、ほのぐらき清海波、
  みづゆ       ようえい  おうごん       せいぎよく
 水揺りうごく揺曳は黄金、真珠、青玉の色。



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