竹久夢二「青い小径」


    断章


 
   1
 
 ふむべくば
 
 あたいまれなる
 
 いのちなり
 
 ひとをいたはり
 
 なみだながしき。

 
   2
 
 こえもせむ
 
 こさずもあらむ
 
 いまはかたみに
 
 ゆるされし
 そでがき
 袖垣。

 
   3
 
 あすにならば
 
 わすれるほどの
 
 かなしみなり
 
 かほみれば
 
 それだけですむ
 
 なやみなり。

 
   4
 
 またふたゝび
 
 みまじといへば
 
 たはむれながら
 
 たはむれとおもへど
 
 かなしきものなり。

 
   5
 
 こゝろよわさは
           ぐさ
 はにかみ草の
  は
 葉をとぢて
        かぜ
 ふかぬ風を
 
 とほくみる
           ぐさ
 はにかみ草は。

 
   6
  しあはせ
 幸福がきたのをしらぬ
 
 ばかでした
 
 しあはせが
 
 いつたもしらぬ
 
 ばかでした
  わか    よひ
 別れた宵にしりました。

 
   7
 
 かならずと
  ひと  ちか
 人に盟ひぬ
 
 さりながら
  み
 身はあすしらず
 
 あやうききはの
 
 わがこゝろ。

 
   8
        み
 ぢつと見すゑた
  め
 眼のうちに
 
 なにかわびしい
 
 かげがある
         こゝろ
 わたしの心が
 
 うつるのか。

 
   9
  うんめい
 運命の
  ぶたいかんとく
 舞台監督は
        な
 ベルを鳴らした
 

 
 あゝ
        しづ    まく
 そして静かに幕。
 

 
 あゝもう
  ぶたいうら
 舞台裏では
 わたしたち こひびと どうし
 私達は恋人同志ではない
      ひとり  せいねん
 たゞ一人の青年と
  ひとり  むすめ  す
 一人の娘に過ぎない
      あ す
 もう明日は
      しばゐ   や
 この芝居を演るのはよさう。

 
   10
 きやくほん       しばゐ
 脚本のない芝居だ
  まくあひ       しばゐ
 幕間のない芝居だ
 けんぶつ
 見物も
 やくしや
 役者も
                しばゐ
 いつしよくたの芝居だ
           やぐわいげき
 すばらしい野外劇だ
  かな    き げき
 悲しい喜劇だ
 
 いや
                  しばゐ
 めつちやくちやな芝居だ
 
 だが
  ぶたいかんとく   すてき
 舞台監督は素敵だ
  かれ  な   うんめい
 彼の名は運命。



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