大手拓次
『藍色の蟇』

風のなかに巣をくふ小鳥

  
  あなたのこゑ


 
 わたしの耳はあなたのこゑのうらもおもてもしつてゐる。
      ごけ
 みづ苔のうへをすべる朝のそよかぜのやうなあなたのこゑも、
 
 グロキシニヤのうぶげのなかにからまる夢のやうなあなたのこゑも、
                                    もや
 つめたい真珠のたまをふれあはせて靄のなかにきくやうなあなたのこゑも、
  ぎん  こがね   た ち
 銀と黄金の太刀をひらひらとひらめかす幻想の太陽のやうなあなたのこゑも、
 
 月をかくれ、
 
 沼の水をかくれ、
 
 水中のいきものをかくれ、
 
 ひとりけざやかに雪のみねをのぼるやうな澄んだあなたのこゑも、
 
 つばきの花やひなげしの花がぽとぽととおちるやうなひかりあるあなたのこゑも、
 
 うすもののレースでわたしのたましひをやはらかくとりまくあなたのこゑも、
 
 まひあがり、さてしづかにおりたつて、
                                             ひばり
 あたりに気をかねながらささやく河原のなかの雲雀のやうなあなたのこゑも、
 
 わたしはよくよく知つてゐる。
 
 とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりかを、
 
 わたしは夜のさびしさに、さびしさに、
 
 いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。