えらーい人達
八人目         マルセル・モイーズ  ( MOYSE, Marcel )
                     (1889〜1984 フランス)
1889年5月にフランス東部のサンタムールと言う小村に生まれる。父親は行方不明で母親は出産後間もなく死去した為、孤児として残されたが幸いにも慈悲深い婦人に片田舎の農場で我が子同様に育てられる。7才の頃偶然に実祖父母と出会い引き取られる。10才の頃ブサンソンに移り住んだ頃から本格的にフルートを手にしたらしい。翌年からアンベインと言う人に学び始めた後14才でパリ音楽院に入学しポール・タファネルに学び出すと目覚ましい上達をみせ3年後には首席で卒業、デビューリサイタルも開くがその後もタファネルと兄弟子でもあるフィリップ・ゴーベールに私的な師事を続ける。1906年にはパリ・バルドー管弦楽団に首席奏者として迎えられ、1913年にストラヴィンスキーの「春の祭典」の有名なスキャンダラスな初演時にはソロパートを受け持っている。1918年にはパリ音楽院管弦楽団の首席奏者に就任。1932年にはゴーベールの後任としてパリ音楽院フルート科の主任教授となるが、第2次大戦でドイツがフランスを占領すると抵抗し教えることを拒絶。戦後呼び戻されはするものの1948年辞任、南米ブエノスアイレスに移住するが、翌年にはアメリカ・ヴァーモント州に転居し、有名なマールボロ音楽祭を1951年に創始した。夏期講習会を兼ねたこの音楽祭にはピアノのルドルフ・ゼルキンやチェロのパブロ・カサルス等の高名な音楽が常連として登場する中、モイーズは亡くなるまで終生の仕事場として世界中から集う後進のフルート奏者の指導に没頭した。

フルートの定番曲にジュナンと言う人の「ヴェニスの謝肉祭」と言う曲がある。ちょいと有名なフルーティストは必ずと言っていいくらい録音している。中でもモイーズの録音は凄い演奏で、この人の演奏ほど全ての細かい音が鮮明にしかも良質の音で演奏されている例は無い。そう言えばモイーズという人は沢山の教則本を書いていてその演奏は知らなくとも、練習で吹いている教本でフルート吹き達には知られているくらいである。この人の教則本を見ればいかにこの人が恐ろしい練習魔であったかがよく解る。一切の妥協を許さない様な本ばかりで吹くフルート吹きは大変に苦労させられる物ばかりだ。大体この人が全盛だったのは20世紀前半なので残っている録音は皆古いモノラルのものばかりだが、その音の純粋な美しさが十分すぎるほど聴こえるのが凄い。録音の悪さを音そのものが補っているのである。今となってはそのスタイル古さは指摘される通りかもしれないが、精神的深さを加え演奏を実現した希代の音楽家であることに間違いはない。又、この人のほど一点の曇りもない純粋な音と揺るぎのないハイテクニックを持ち合わせたフルート奏者を僕は他に知らない。この人の前ではかのスーパースターたるジェームズ・ゴールウェイも少々かすんでしまうのである。
巨匠マルセル・モイーズ 大全集
日本のフルートメーカーが出している5枚組のCDだが、ここにはフルートの為の名曲は当然として、彼自信が書いたフルートの為の教本を自ら吹いている貴重な録音が収録されている。フルートを学ぶ者にとっては福音書のようなものだと思う。僕も昔はこれをひたすら聴いて(持ってるのはLPレコードだけど)練習に没頭した者だった。組み物なので少々高くつくがフルートを愛する人ならば買って絶対損は無いセットである。
 (村松楽器販売梶@MGCD-1001〜1005[5枚組])
マルセル・モイーズの芸術
こちらは東芝EMIからの4枚組のセット。モーツァルトの協奏曲からブランデンブルグ協奏曲、その他の小品まで聴くべきものが網羅してある。僕がとりわけ脱帽するのがイベールの協奏曲。20世紀の名協奏曲の1曲たるこの曲はもともとモイーズの為に書かれたものとして有名だが、初演者はさすがの風格をたたえた名演を残している。しかし、残念ながらここでは1楽章のみしか聴けない。話では原盤には全曲が残されているそうな。是非別売りでその全曲を出してくれないかしら。さすれば間違いなくこの名曲の基本的アイテムだから。
 (東芝EMI TOCE-7491-94[4枚組])
モーツァルト:フルート協奏曲集(第1,2番、フルートとハープの為の協奏曲)
モーツァルトにとりわけ深い尊敬と愛情を注いで演奏したモイーズならではの歴史的名演である。全ての音がこれほど洗練され吟味されて演奏された例は希である。貧相なSP録音ながらその素晴らしさは十分に伝わってくる。僕が特にこの演奏を好むのはそのテンポ設定の素晴らしさにある。多くのフル−ト奏者は速いテンポで演奏するケースが多いのが気に入らないのだけれど、さすがモイーズが吟味し採ったテンポは素晴らしい。速過ぎず、遅過ぎず、絶妙のバランスを実現しているテンポである。モーツァルトではテンポ設定が如何に重要かが痛感させられてしまう。この3曲の屈指の名演であることは間違いない。
 (PEARL GEMM CD 9118)

これほどの人だけに、そこで学んだ人達も蒼々たる人達で、オーレル・ニコレ、ペーター・ルーカス・グラーフ、アンドレ・ジョネ、ミシェル・デボスト、アンリ・リュボン(昔のギャルドのソロ奏者)、ジェームズ・ゴール・ウェイ、トレバー・ワイ(この人の教本も有名)等々枚挙にいとまがないくらいだ。この人ほど偉大な演奏と、偉大な教育的足跡を残したフルート奏者は他にいない。フルートを演奏史上最大級の特筆すべき人である。
  

検索エンジン等の直リンクから来た方はここから本来のTOP-PAGEへ行けます