ひゅごぉっ!
『うっおぉ!』
機械の巨身で半身をひねり、レクルスは、寸でのところで、炎の奔流から逃れた。
「ちっ、外したか!」
炎の術を放った魔道士風の制服に身を包んだ青年が悔しそうに舌打ちをした。
「当てちゃダメって、団長が言ってたじゃない!
ともかく、アレを追い込めばいいのよ!
―雷射撃槍(サ・ダグ・ヒュー)!―」
ぴじゅっ!
同じ制服の女性の前方から飛び出した幾本もの雷の槍が風を裂き、レクルスに襲い掛かった。
『くっ!
―硬地玉壁(エ・ディエス)!―』
ぐがぉ!
レクルスは、ダッシュで逃げ、避けきれないものは、魔法で玉石の壁を地面から作り出して防いだ。逃げ回る中、DDDの魔道士に出会うと、もれなく攻撃魔法プレゼントの憂き目に遭い、レクルスは、ただ全力で逃げるしかなかった。
攻撃を受けてしまえば、相手も自分もこの『パニシュウム』の呪いを受けてしまい、かといって、入ったばかりとはいえ、同じ場所で働く者たちを攻撃するなど、レクルスにはできなかった。
今や、自分がどこを走っているのかすら分からない。
このまま、逃げ続けて、どうなるかも、分かっていない状態なのだ。焦りまくったその頭の中は、とにかく司と匠、その両方から逃げることだけしかなかった。
「こ、こっちの通路は……だ、ダメだ! 塞がれてる!
となると……こ、こっち……」
「―氷烈弾(レイ・コッセル)!―」
「う、うおぉ!」
ズガガガガガガガガガッ!
直上から、いきなり、氷の散弾が降りそそぎ、レクルスは、前方に飛び込むようにして、攻撃から逃れる。
「と、とにかく、こっちだ!」
「ガシュン! ガシュン!」と重い音を立てて、レクルスは、パニシュウムで通路に駆け込んだ。
そこは、訓練場へ続く通路。レクルスは、まんまと誘い込まれていた。
「……ふむ、凄いのぉ、レクルスくん」
匠は、小さな両手で抱えた天珠・創神を見つめていた。
「匠、前見て走らないと転ぶわよ。
で? 何が凄いの?」
ローブの裾を引きずらないように持ち上げて走りながら、司は、小脇に抱えた匠に聞き返した。
「CCCから送られてきたパニシュウムの駆動データなんじゃが、装甲内の魔導銀を駆け巡る魔力伝導、レクルスくんの血圧値と一致しているんじゃ」
鎖のついた麒麟の部分を操作すると、レクルスの身体データとパニシュウムのエネルギー状態が映し出された。
「魔導銀の配置は、人体の血管と同一。
つまりは、レクルスくん、パニシュウムと完全に同調しておるんじゃ!」
「何ですって!」
「まずいな!
完全に同調しておると言うことは、天珠・創神からのフィードバック操作も意味をなさんぞ!
それに、動力最小を行えば、搭乗者のレクルスの生命力の低下も引き起こすかもしれん!
しかも、レクルスくんがパニシュウムを自在に操り、その気になれば、完全な戦闘兵器と化すこともあるやもしれん!」
驚く司をよそに、解説を続ける匠は、天珠・創神に別のデータを映しだす。
「それに直接攻撃を禁止しておるとはいえ、DDDの魔法攻撃をことごとく交わしておるぞ!
むぅ〜……」
幼い顔で、眉間にしわ寄せ、匠は、頭を抱えた。
「匠! 大丈夫よ! 他に何か方法があ……」
「いいのぉ!
初めて、搭乗した素人同然のパイロットが予想以上の戦果を上げる!
これこそ、王道じゃ!」
「なに燃えてんのよ!」
パッと明るい笑顔で、拳を振り上げる匠に、司は、今度こそマジでキレ、怒りに任せて、脇に抱えた匠を前方に投げ飛ばし、その跡を追って、ローブの裾を翻し、後頭部めがけて回し蹴りを放つ。
匠は、紙一重で避け、怒れる司に向き直った。
「取り敢えず、沈んで! 今すぐ! ここで! あたしの手で!」
「ま、待て! ここで、ワシをしばいても、何も始まらんぞ!」
「あたしの気がすめばOK!」
「いいから、落ち着くんじゃ!
これで、ばっちりの対処法が見つかったんじゃ!」
自信に満ちた瞳で、匠は、怒りに燃える司の顔を見上げた。薄闇に包まれた巨大なすり鉢上のスタジアム。
数ある出入り口から、「ガシュン! ガシュン!」と、重厚な足音が響き、
『うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
レクルスの絶叫と共にパニシュウムが訓練場に飛び込んだ。
ぎぎゅうぉん!
次の瞬間、パニシュウムが出てきた通路から、真っ白い閃光がほとばしった。
レクルスは、間一髪で、横手に飛び退き、光撃から逃れる。
《防御隔壁展開。対神対魔対霊対物理シールド完了》
ごぐぉん!
機械的な音声と共に、訓練場のすべての通路の入口に隔壁のような扉が重い音を響かせておりた。
『お、追い込まれた?
うわぁ!』
不安そうな声を出して辺りを見回すパニシュウムを、いきなりスポットライトが照らした。
《レッディ―ス、エーンド、ジェントルメェン!
イッツァ、ショォータァーイム!》
訓練場のいくつもの音声伝達導具から高らかに声が響き、周囲を取り囲むように備え付けられた閃光魔法の込められた塔が薄闇から訓練場をまばゆく照らした。
スタンドは、城に来ていた観光客や城の人間、高官たちで埋め尽くされ、大きな歓声を上げていた。
《これから恒例のワス・ウォーディナ帝国騎士団皇帝親衛隊『HEAVENorHELL』隊長『司=マーフェス』による格闘ショーをお送りするぜ!
司会は、光り輝く栄光の美男子! 無敵ハンサムガイ!
剣士隊シャイン・スター・シーカー統括官・覇=リムエスだ!
ファンレターの宛先は、帝国騎士団剣士隊SSSまで!
ショーが終わった後、俺と付き合いたい女の子は、訓練場西門に集合!
俺は、一度に四人までOKだかごぐぁ!》
べふ! げし! ごん! ごん! ごきゅ! ばぐ! ぢゅぉん!
《…………失礼。司会代わって、魔道士隊ディープ・ドリーム・ドライバー統括官・帝=マグディルです。
今回の対戦相手は、兵器開発部門クライ・クラッシュ・クリエイターの新人レクルス=ウィナーゲルの搭乗するクリュマフ・ブランド最新作・人形機動兵器『パニシュウム』。
初乗りとは思えないほどの素晴らしい同調を見せている模様!
さぁ、司! 準備OK?》
訓練場の中央にカッとスポットライトが浴びせられ、そこに立つ司を浮き上がらせた。
「もっちろん!」
その姿は、腰までの長い金髪を邪魔にならないようにアップして、白を基調とした動きやすい服の上から、金と銀で縁取りされた白い革製のベルトを身体中に巻きつけた完全な戦闘スタイル。
その後ろには、匠が控えており、首から下げた天珠・創神の表面を素早い指さばきで弾いていた。
彼女のその堂々とした登場で、観客たちの歓声が一際高まった。
『き、騎士団長! これは、いったい……?』
唐突な事態に、茫然としていたレクルスだが、姿を見せた司に我に返った。
「恒例の格闘ショーよ。
事件が起きると、標的を訓練場まで誘い出して、ここで一気に仕留めるってわけなの」
「『恒例の』って、そんなになるほど、こーゆー事件起きてるんですか?」
「イロイロな騒ぎが起きるとこなのよ。
だって、ここは、世界の中心、皇都アネス・ゴルドだもん」
「けど、こんな騒ぎにしなくても……」
「こんな騒ぎだからこそ、楽しまなくちゃ!
それにけっこー収益いいんだから!」
「お、お金取ってるんですか、これ!」
「ええ、稼げる時は、稼がなきゃ。
これ、経営者の鉄則よ!」
頬を紅潮させて、司は、拳を握り締め、力説した。
「つーわけで、ウィナーゲル研究員!
あたしにぶち倒されなさい!」
司は、パニシュウムに向かって走り、一気に間合いを詰めると、直前で地面を蹴って、大きくジャンプする。
「やぁぁぁ!」
気合と共に、司は、拳を大きく振り上げ、素手でパニシュウムを殴りつける。
『うおぉ!』
レクルスは、司の拳をとっさに左腕でガードし、それと同時に、右手で、人差し指と中指を立てた刀印を結んで、虚空に文字を描き、術を解き放つ。
『―地天錐突(アウ・ディグラン)!―』
すると、地面から巨大な錐が天を突く勢いで、飛び上がったままの司めがけて突出した。
司は、襲いくる地の錐の鋭い先端を踏み台にして、再び大きくジャンプして、後方へ飛び退いた。
「なるほど、なるほど。装甲の硬度は、あんなもんなのね」
落ち着いた声の司とは逆に、間髪入れず、レクスルは、自分が作り出した巨大な地の錐に両手をかざした。
『―喚地精起(ウィク・ヴォルミオン)!―』
地の錐は、四つの土塊に崩れると、それは、大きな牡牛の形を為し、地面に降り立った。
「地精召喚! 自分の魔力が注がれた土塊を使って、一から召喚するよりもタイムラグをなくしたのね。
それも難しい動物にするなんて、すっごい精神力!」
レクルスの能力を見抜き、褒める司に向かって、四匹の牡牛たちが突進してきた。
「はあぁ!」
司は、避けることもせず、拳を硬く握り締め、向かい来る牡牛たちを一撃のもとに粉砕した。
『縛!』
しかし、その瞬間、レクルスは、空中に散らばった砕かれた土塊に念を飛ばすと、それは、司の脚を覆って、動きを封じた。
「二段構え!」
驚く司をよそに、レクルスは、パニシュウムの機械の両手の五指を巧みに動かし、朗々と呪文を唱え始めた。
『―黄玉の王 支えたる希望よ
翠玉の王 吹きゆく自由よ……』
「反精霊魔法! こんな上級魔法まで使えるなんて!」
パニシュウムから流れるレクルスの声に、司は、魔法の正体に気付いた。反精霊魔法―属性上、真反対の資質を持つ精霊同士の力を使用した魔法。反作用によるそのエネルギーは凄まじく、かなりの上級精霊魔法である。四大元素と呼ばれる地水火風の精霊を利用した場合、エネルギー同士のぶつかりも去ることながら、それに付随する物質的効果もあり、地風を利用したこの魔法では、対象物を半石化させ、強烈な真空の渦で砂礫と化すのである。
「人間相手に、こんな術使おうとするなんて……ウィナーゲル研究員、さては、恐怖で、キレたわね。
なら……」
司は、そう言うと、足を封じられたまま、腰を低く落とし、両手を腹の、ちょうどヘソの上辺りに当てて、息を深く吸って、静かに目を閉じた。
『―地と天にある汝ら
逢わざるがゆえ 求め合う汝ら
汝ら出逢うとき 消えゆく定めなり
反呪地風陣(グリュー・エフィ・ダーダス)!―』
術が完成し、パニシュウムの両手から、黄と翠のエネルギー球が放たれた。
黄のエネルギー球は、地を滑り、翠のエネルギー球は、空をかけ目を閉じたままの司に襲い掛かる。
「ぃやぁぁぁぁぁぁ!」
突然、司が大声を上げると、その全身から、黄金の気が噴き出した。
そして、動きを封じていた土塊をものともせずに打ち破り、眼前まで迫った二つのエネルギー球を掻き消した。
ガシュゥゥゥゥゥゥゥゥン
突然、パニシュウムの各部から、白い煙が噴き出し、その機体は、片膝を突く形で座り込んだ。
「オーバーロードね。
いきなりの起動で、あんな上級魔法使っちゃ無理もないわね。
さてと……匠ぃ! 一気に決めるわ! アレを!」
天に向かって、右腕を突き上げて呼ぶ司に応え、匠は、天珠・創神を両手で包み込み、持てる魔力を注いで叫んだ。
「―創り上げるは 匠の手
有りて 或るを在るとする
叫んで 壊す 創造者!―」
天珠・創神の麒麟の彫像の口から金の光が溢れ出し、それは、突き上げた司の右腕に纏わりつき、見る間に、元の腕の三倍はあろうかというほどの巨大な機械の腕となった。
「クライ・ウェポン! クラッシュ・ナンバー3!
ジ・エンド・オブ・リアル・アームズ!
その名も『ゴッデス・グローリア』じゃ!」
ぎゅぃぃぃぃぃむ!
司は、自分の右腕に装着された巨大な機械の腕を動かして、再現された五指で硬く拳を握り、再び深い呼吸を繰り返して、黄金の気を右腕に集中させる。
『……し、室長ぉ……』
弱々しいレクルスの声がパニシュウムから響いた。
「おお、レクルスくん。気が付いたか!
これから、司がパニシュウム頭部の動力源、光玉石と闇塊石を破壊する!」
『……そ、そんな! し、失敗したら、わ、私は……』
「君とパニシュウムの同調を見るとフィードバック防御も効かぬやもしれん! 危険なのは確かじゃ!
しかしな、君とパニシュウムがここまで、同調できると言うことは、また、逆も然り! 君自ら、パニシュウムとの同調を極限まで落とすことも可能なはずじゃ!」
『そ、そんな! いったい、そんなこと、どうやれば……!』
「精霊魔法の目指すところを忘れたか!
完全なる精霊との同化! 君ほどの使い手ならできるはずじゃ!」
『…………わ、わかりました! やってみます!』レクルスは、そう言うと、パニシュウム内部で心を静かに落ち着けた。
そして、初めて、精霊との契約に成功した時のことを思い出した。
あの時、身体中を駆け巡った精霊たちの息吹。
自分が自分でなくなる感じ。
なのに、自分を周りの全てに感じた。
そう、それが精霊たちと一体になった瞬間だった。「よし! 同調率低下! 動力、最小!
今じゃ! 司ぁ!」
匠の呼び声に、司は、両目をカッと開き、地面を強く蹴った。
「だあぁ!」
パニシュウムに向って、武装されていない左腕で、救い上げるようなアッパーを繰り出し、パニシュウムの頭部を胴体から吹っ飛ばし、そして、自分もパニシュウムを足場にして、さらに大きく飛び上がった。
「世の『力』、すべて、我が『力』!」
司の振り上げた拳一点に、黄金の気が収束し、空中に下から上へ黄金の軌跡が描かれた。
「あんたは、どこに行くのかしらね。 天国? 地獄?」
パニシュウムの頭部と同じ高さまであがると、司は、静かにそう言った。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして、その次の瞬間、大きな声と共に、すべてを貫くような勢いで、司が鉄拳を打ち放った。
ごじゅぉん!
それは、黄金の光に包まれて、パニシュウムの頭は跡形もなく掻き消され、まばゆい黄金の閃光が薄闇の空に輝いた。
司は、くるくると身体を回転させ、タッと地面に降り立つと司の右腕の機械の腕は、金の粒子と化して、再び匠の手にした天珠・創神へと吸い込まれる。
圧倒的な司の一撃に、場内は、静まり返っていた。
そして、司がバッと元に戻った右腕で、天を突き上げると、それを合図にしたかのように、スタンドから観客たちのいっぱいの大歓声が訓練場に響き渡った。