「こんちはぁ〜!」
 それから、一週間後、兵器開発部門CCCの工房へ、司が顔を出した。
「げっ、騎士団長! い、いらっしゃいませ」
 台車で、工具類を運んでいたレクルスは、思わず退け腰になって、ぎこちない笑みを返した。

 怯えるのも無理はない。
 身体的外傷は、まったくの皆無だったが、あのあと、レクルスは、三日三晩、意識不明の状態に陥っていたのだ。
 それは、精霊との深い一体化の影響のせいだったり、完全に断ち切れなかったパニシュウムとの同調により、鬼気迫る司の一撃を喰らった時の記憶が多少なりとも、レクルスの意識に刷り込まれているせいだったりするのである。

「なによ、その『げっ』ってのは。あたしは、オバケでも、なんでもないのよ!」
「すみません! すみません!
 し、室長に御用ですよね! 今、すぐ呼んできますから!」
「ああ、違うのよ。用があるのは、あんたによ、レクルス」
 ひらに謝り、その場から立ち去ろうとするレクルスだが、司にファーストネームで呼び止められて、恐怖に身体を硬直させる。
「な、なんでせう?」
 半泣きの情けない涙声で、レクルスが振り向くと、司は、手にした紙筒を広げて、コホンと一つ咳をして、文面を読み上げた。
「レクルス=ウィナーゲル研究員。
 本日付をもって、貴殿をワス・ウォーディナ帝国騎士団兵器開発部門クライ・クラッシュ・クリエイター機動兵器隊教育係に任命する。
 これからも、職務に一層励むよう期待する。
 ワス・ウォーディナ帝国騎士団団長・司=マーフェス」
「ええ!」
「……ってことだから、お仕事、よろしく!
 開発は、機動兵器開発主任に任せて、あんたは、隊員の募集かけて、メンバー選出して、訓練に励んでくれれば良いから」
「そんな、いきなり! 私は、もう機動兵器には……」
「これは、命令。あきらめるのね。
 せっかく才能あるんだから、活かさなきゃ、損ってもんよ!」
「け、けど、肝心の私の機体は、あの時、団長が壊してないんですから! 取り敢えず、修理が済むまで、私は、休暇を……」
 言い逃れようとするレクルスに、司は、親指を横に向けて、工房の片隅を指差す。そこには……
「ああ! ぱ、ぱにしうむ!」
 そこには、動力部である頭部を吹っ飛ばされたはずのパニシュウムが完全に修理された形で、鎮座していた。
「急ピッチで改修してもらった人形機動兵器『パニシュウムMk−2』よ。
 前回の問題点は、全てクリアしてあるわ。
 だから、休暇なんて言って、郷里に帰ろうとしちゃダメよ」
「……よ、読まれてる」
 怖い笑顔で微笑まれ、レクルスは、額にイヤな汗かいて、力なく肩を落とした。
「それにね、あたしが装甲の強度測るために殴ったから、『呪詛返しシステム』発動しちゃって、それで、搭乗者は、レクルス=ウィナーゲルじゃなきゃダメだっていう呪いが掛かっちゃったのよ」
「げ! それじゃ、私、一生、このパニシュウムMk−2から、逃げられないんですか?」
「最低でも、一日に一時間は、搭乗しなきゃダメみたいね」
「そ、そんなぁ〜」
 がっくりとうなだれるレクルスに、流石に気の毒になったのか、司は、なだめるように声をかける。
「大丈夫よ。変なトラウマできてるかもしれないけど、これで、成功を収めれば、それもなくなるだろうし、研究したいって言うんなら、専用工房も持たせてあげるから! ね、やってみない?」
「せ、専用工房! ほ、本当ですか!」

 専用工房。それを持つことは、一人前の武創士になったという動かぬ証。郷里の研究所では、上下関係が厳しく、いくら才能があったとしても、レクルスのような若い者には持たせてはくれなかったのだ。それに、ここ、皇都アネス・ゴルドで、用意してくれる工房だったら、最高級の設備を備えてくれるに違いない。

「ホントよ、ホント!
 うちは、実力第一だから。
 どんなに若くても、才能があれば、抜擢するし、逆に、どんなに高齢になっても、向上心忘れないで、研究に励んでいれば、定年で追い出すこともしないわ。
 匠見れば、よく分かるでしょ?」
「はぁ、まぁ、そうですけど……凄いシステムですよね」
(十歳くらいの子どもに兵器開発部門の統括官務めさせてるんだもんなぁ〜)
「ん? なに? まだ、不安なことあるの?」
「あ、ああ、いえ、なんでもないっす」
 心配そうに顔を覗き込む司に、レクルスは、慌ててなんでもないと取り繕った。
「あ、ところで、団長には呪い掛からなかったんですか?
 なんか、なんでもないようですけど?」
「ああ、あたし?
 あたしは、ねじ伏せた」
「はぁ? ねじ?」
 事も無げに答える司に、レクルスは、気の抜け声で効き返した。
「そ、ねじねじってね」
(……こ、この人なら、それも可能かも……?)
 と思った瞬間、レクルスの背筋に得も言われぬ、悪寒が走った。
「ねぇねぇ、匠、呼んで来てくれない?
 そろそろ、月一回の『HEAVENorHELL』都内パトロールの時間なんだけど」
「室長ですか? 奥の専用工房で机に向かって何かしてまし……」
「これじゃぁぁぁぁぁぁ!」
 レクルスの言葉を遮り、突然、奥から匠の声が聞こえた。
「ま、まさか!」
「ちょ、い、いそぐわよ! レクルス!」
 言うが早いか、司は、奥に向かって走り出し、次いで、レクルスもその後に続いた。
「ねぇ、あいつ、今、なんのゲームやってるの?」
「えと、詳しいことは分からないんですけど、なんでも、神さまになって、地球を原始時代から創っていくっていうものらしいんですけど……けど、いくら室長でも、そんなゲーム再現できるはず……」
「ちっ、ポ○ュラスかシム○ースね。
 まったく、時間がないって時に、あいつは!」
「だ、団長。今月は、どこを廻られるんですか?」
「繁華街をぐるりと廻って、ブティックと本屋さんに寄って、最後には、宴夜の期間限定季節のフルーツ盛り沢山の特製デザートセット食べるのよ。一日に限定五十食しかないから、今から行かないと間に合わないのよ!
 あ、ちなみに、今回の罰ゲームってことで、全部、匠のオゴリ!」
「……あ、あの、だから、室長、行きたくないんじゃ……」
「そんなの関係ないわよ! 不始末は、きっちりと償ってもらわなきゃ!」
 そんなことを言っているうちに、司とレクルスは、工房の一番奥に仕切られた匠=クリュマフの専用工房にたどり着き、ドアが壊れるくらい思いっきり開け放った。
 そこでは、匠が天珠・創神から投影された大スクリーンの前にチョコンと座り、ゲームのコントローラー握り締めていた。
「よぉし! 今度は、これじゃ!
 早速、『楽々地球創世キット』の開発に取り掛か……」
「ちったぁ学習しろ! このアホゲェーマァァァァァァァァ!」
 怒りに任せて放った司の一撃で、帝国騎士団兵器開発部門クライ・クラッシュ・クリエイターの開発工場は、見事半壊した。

 世の平和のためには、一応、めでたし。
 でも、やっぱ、めでたくもなし。

―了―

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『HEAVENorHELL』
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