第10回鑑賞ツアー 「縫う人 針仕事の豊かな時間」感想
近江八幡「NO-MA邸」にて



「縫う」世界
白坂きく子

 「針仕事」と聞けばいろんな思いが巡り、じっとしていられなく、参加を希望。
近江八幡市はあこがれの地でもあるし。
 ボーダレス・アートギャラリーNO−MAでたくさんの作品を触り、いつまで見ていても飽きない、と思った。可愛いアップリケは「まっすぐ付けられなきゃね。でもデザインなら出来るかな?」
 著名なアーティストの世界は刺し子の世界。仕事がすすむ間に針目の置き方、色の置き方と、その時々の心のありようが映し出されているのでしょうか。一つの作品の中ででも何ら干渉しあうことなく、その日その時であればその作者は生きていたことになるのでしょう。
 またきらびやかに飾られた中央アジアの民族衣装や帽子は本当に楽しくみることができ、「こんな小さなビーズに通っている糸は?」 房のひとつひとつに通っているビーズ、重なるほど取り付けた金具。うーん、さぞかし綺麗でしょう。
 鹿児島の施設の人が作った作品には正直ちょっと驚きました。計算も計画もなく、ただひたすら縫い続けた結果のものを、誰かが「美しい」と思えばそれはもうアート。膨大な時間の流れの中で心やすらぐ場所をみつけ、生きがいをみつけた作者。与えられた環境の中で生きがいをみつけられたことはとてもうれしいことだと思います。いまはどんな生活をしていらっしゃるのか。少しでもたくさんのものを見たり聞いたり触ったりすれば心は自然に育つのでは・・・などと、退屈で心もとなく、編み物に救いを求めていた時間を過ごしたおばさんは思います。
 「織機・編み物・縫い物」・・・手仕事は、どんどん古い昔のことやアートの世界になっていくのは淋しく、そして何かの原点を忘れていくような気がする。サイズや好みをデパートの売り場に合わせられているような気がしてならない。好きな生地を買い求め、好きなデザインを考え、体に合わせて仕立てる。ほころんだり破れたりしたところは刺繍やアップリケで元々よりももっといいものになったり、私にとってほんの少し、いいえ、世間では使い捨てが常識化していた70年代にでも針仕事が上手だったおばあちゃんのしてくれることはOKだった。必要に応じて材料を選び、工夫して作ること、それが私の育った環境。今では懐かしいことばかり。もっと教えてもらっておけば良かったと思うことばかりの1日でした。
 時々降る小雨が町を近く感じさせ、古い町・近江八幡をゆっくり歩かせてもらえたことも心やすらぐ大好きなひとときでした。


第10回鑑賞ツアー「縫う人 針仕事の豊かな時間」活動報告を参考にしてください。

 ページトップに戻る


ツアー感想メニューへ

目次ページに戻る