玉井彰の一言 2006年7月 四国の星ホーム一言目次前月翌月

2006/7/31(月) 「偽装請負」と士農工商

大手製造業の工場で「偽装請負」と呼ばれる違法な労働形態が広がっていることが報じられています。キヤノン、日立製作所など日本を代表する企業の名前も挙がっています。メーカーにとって好都合なことに、外部から受け入れた労働者を低賃金で、安全責任もあいまいなまま使え、不要になれば簡単にクビを切れる仕組みです。

近年広がっている不安定かつ低賃金の雇用形態である「請負会社」の場合でも、仕事の指示は請負会社が行い、安全管理の責任も請負会社が負担します。しかし、偽装請負の場合は指示はメーカーが行い、安全管理の責任も曖昧な状態です。単に派遣しているだけで、派遣労働者としての権利もありません。 

ボーナスや昇給はほとんどなく、給料は正社員の半分以下。社会保険の加入も徹底されず、契約が打ち切られれば、すぐさま失業の危機にさらされます。 ハイテク商品を扱う最新鋭工場が多く、正社員の3倍以上の人数が偽装請負で勤務する場合もあるようです。 

正社員、派遣労働者、請負会社社員、偽装請負社員。「士農工商」ともいうべき差別的な労働現場の実態。封建社会では、「下には下がある」ということで支配体制の安定化が図られました。新たな封建社会がこの国の企業でできあがっているように見えます。

国際競争力がなければ企業の存立が危ぶまれる時代。企業としては、経費節減を実現できるかどうかが死活問題になります。企業生き残りの自衛措置としての一面があります。低賃金労働を求めて外国に製造業が移転して国内が空洞化するより、なんとか雇用があることを喜ぶべきなのでしょうか。
 
企業の生き残りは当面可能になっても、国全体は先細りします。「総合の誤謬」を政治が是正する必要があります。経済は生き物であり、経済がそれを欲しているという実態を無視することはできません。「角を矯めて牛を殺す」べきではありません。しかし、「牛」が健康でも「人」が病気になるようでは本末転倒した話になります。


2006/7/30(日) 狂牛病における確率の問題

アメリカからの牛肉輸入解禁は、国民の生命と健康を犠牲にしてアメリカの属州として生きていくことを選択したものであり、なんとも屈辱的な気がします。

アメリカの高官は以前、交通事故の確率よりヤコブ病に罹る確率は低いという趣旨の発言をしていました。なるほど、客観的な数字だけを追いかければ、これからの20年間に交通事故の犠牲になる確率と狂牛病の肉を食べてヤコブ病に罹る確率を比較すれば、後者の確率の方が低いかもしれません。

しかし人間の社会において、客観的な数字だけで納得が得られるものでしょうか。交通事故に関して言えば、本人の自覚と注意力とで回避できるものであるという前提があるからこそ、毎日徒歩や自転車で外出し、あるいは車を運転しているのです。ところが日常的に口に入れる食材の場合は話が違います。食材が汚染されているかもしれず、それが悲惨な病気になる可能性を秘めている場合には、食べないという選択以外に回避の可能性はありません

多少危険な行為であっても、注意していれば回避できるとの確信があれば、人はそれを目的達成のための「リスク」と考えます。牛肉の場合であれば、本人に回避可能性があるのは口に入れる前の段階であって、その段階で回避する手段が与えられなければ「リスク」と考えるわけにはいきません。ところが、自宅でアメリカ牛を避けて食事をする人でも、外食時にはそこまで徹底できません。結果、運を天に任せるということにもなってきます。

多くの方が「毒を食らわば皿まで」という諦めで米国牛を食べなければならない政治の貧困。属国の悲哀を当分の間味わうことになります。スネ夫はジャイアンに「不幸の宝くじ」を買わされてしまいました。


2006/7/29(土) 小沢一郎氏の「指導者の責任」論

<夕刊フジ「剛腕コラム」280号の一節>

「基本的に、僕は戦勝国側が一方的に敗戦国側を裁いて下した「戦犯」というものは素直に受け入れることはできない。しょせん、東京裁判(極東国際軍事裁判)は報復裁判だと考えている。

しかし、当時の国家指導者たちは、外国から言われる以前に、日本国民に対して戦争を指導した重大な責任を負っている。

彼らは220万人の同胞の命を奪い、また、明治以来築き上げてきたあらゆるものを失わせしめた。しかも戦争中、一般の国民・将兵に対して「生きて虜囚の辱めを受けず」「死して悠久の大義に生きろ」と教え、特攻や自決を強要した。沖縄やサイパンでは多くの民間人まで自決している。

その張本人たちが、おめおめと生きて「虜囚の辱めを受けた」うえ、不名誉な戦争犯罪人として裁かれた。とんでもない話だと思う。国家指導者としての責任感、使命感のなさに激しい憤りを感じる。

靖国神社は戦闘で死亡した殉難者だけを祭神とするのが原則であり、本来、この人たちは祀られる人々ではない。彼らは英霊に値しないと考えている。」

(コメント)

正にその通り。一部の方々は、東京裁判が戦勝国による偏った報復的裁判であることを根拠に、戦争責任者の責任を曖昧にすることを企図しています。

しかし、東京裁判の不当性と戦争責任者の責任とは区別して考えるべきです。国を滅ぼした責任者について、我々日本国民がどう考えるのかが靖国神社参拝問題で問われているのです。中国・韓国は関係ありません。対外的責任は別途議論すればいいのです。

戦争責任者の責任を曖昧にしたい。靖国問題を対中国・韓国問題に矮小化したい。この思惑から、一方で「反日」はけしからんと言いつつ首相の靖国参拝を強行すべしとしたり、他方で対外的配慮から靖国参拝を自粛する動きがあるという構図です。結論は逆でも、戦争責任者の責任を曖昧にするところでは一致しています。

この戦争責任不問路線、言い換えれば「一億総懺悔」路線が、我が国において支配層と一般国民との規範の二重性(国民は重い規範・責任を負うが、支配層は規範・責任が軽い)を温存することにつながっています。政治家は国民一般より高い規範と責任感を持たなければならない。このことを確認するために、墓穴を暴いてでも戦争責任者の責任を追及する気迫を持つ必要があります。

<参照>
6月11日:「生きて虜囚の辱めを受けず」
6月14日:「生きて虜囚の辱めを受けず」(補説というか、本質論) 
6月16日:儒家の思想と法家の思想
7月21日:昭和天皇の「心」


2006/7/28(金) 市議会議員の政務調査費による「観光」

札幌市で20、21の両日開かれた「全国都市問題会議」に政務調査費を使って出張した愛知県常滑市議会の保守系会派の市議5人が会議を途中で抜け出し、ゴルフトーナメントを観戦していたとの報道。半田市の助役と市議らが途中で抜け出して観光していたことが明らかになった同じ会議です。 

全国の市議会議員の多数は、報道され非難されない限り、それほどおかしな行動であるとは感じなかったのではないでしょうか。公式な「行政視察」ではなく、政務調査費を使った個々の議員の調査研究活動であって、それぞれの議員の見識で判断すべきものと考えるでしょう。

私の経験では、政務調査費は地方自治関係の図書を購入するとなくなってしまいます。しかし、読書習慣のない議員にとっては、政務調査費は「旅費」として使わなければ使いようがないようです。今回の「会議」も、政務調査費を「旅費」として使う名目として参加することにしたのであって、「会議に出席したが出来心で・・・」ということではないと思われます。

有権者・納税者の立場からすると、行政視察であれ政務調査費による研修であれ、税金が使われているのだから真面目にやれという話になりますが、議員の世界では世間の常識が議員仲間の非常識ということになる場合が往々にしてあります。逆に言えば、議員の常識は世間の非常識ということになります。

こういう現象が何故起こるのでしょうか。議員のモラル低下を指摘する方もいらっしゃるでしょう。こういう輩を選んだ有権者が悪いという考えもあるでしょう。どちらも正論ですが、私は構造的なものがあると考えています。市議会議員(市町村議会議員)が「おいしい商売」であるが故に、どうしても票集めがうまい人物が議席を独占する(「保守系」と称される方々の多くです)ことになります。「利益の分配」が行われる地域もあります。

高尚なことを考えず、日頃の人間関係に精力を集中する方に、水が低きに流れるが如く、票が集まります。結果、悪化が良貨を駆逐していきます。「新規参入」は困難ですが、一度議席を取ると落選する確率は低く、安泰な地位が約束されます。この安泰ぶりに揺さぶりを掛けたのが市町村合併です。しかし、「悪化」が生き残り、合併後に、より安泰な地位を確保する結果になっています。

解決策は、議員のボランティア化です。社会で精一杯頑張っている方が、なけなしの時間を割いて地域のために汗をかくという形の議会、それほど「おいしくない」議会・議員にすればいいのです。議会事務局を整備し、誰でも志があれば議員が務まるだけの資料の整備をしていただき、夜間・休日に議会を開くようにすれば志の高い議会ができると思います。

<参照>
6月15日:市町村議会議員と団塊世代
6月30日:長く市町村議員で居続けるための3箇条


2006/7/27(木) 刑罰の「段差」と「社会奉仕命令」

法務省が法務大臣の諮問機関である法制審議会に、犯罪者を社会の中で更生させるため、「社会奉仕命令」を刑罰として科す制度の導入などについて諮問したとの報道がありました。
 
刑務所の過剰収容が問題になっているということもありますが、現行刑法の弱点を補強するという視点で考えるべきだと思います。現行の刑罰制度においては、死刑と「無期懲役」とに大きな「段差」があります。「無期」と言いながら実質は有期刑であり、この段差が被害者側に大きな憤りを与える原因になっており、改革の必要があります。

もう1つ。「懲役刑」と「執行猶予」との間に大きな段差があります。「懲役3年」と「懲役3年、執行猶予4年」では、天地がひっくり返るほどの差があります。弁護士の腕の見せ所とも言われています。刑務所に入って「ムショ帰り」の烙印を押されるのと、社会生活を継続して何も悪いことをせず執行猶予期間が満了すれば刑の言い渡しが効力を失うことになるのとでは、その後の生き方にも大きな違いが出てきます。

この大差があるため、社会的な地位の高い人物の犯す犯罪(ホワイトカラー犯罪)においては、社会生活を継続させても特に悪いことはしないだろうと思われるし、刑事処分を受けること自体でのダメージも大きいため、執行猶予が付くことが多くなります。しかし、「賄賂をもらっても執行猶予か」というような不公平感を多くの人が持つことは、刑罰制度に対する信頼を揺るがすことにもなります。犯罪者に何らかの「制裁」が法的に加えられたという「証(あかし)」が必要です。

このように考えたとき、社会奉仕命令というのは適切な刑罰ないしは処遇方法だと思います。ゴミ拾いや介護施設での補助活動等、社会に役立つことを体験することで、本人も目を覚ますきっかけになることもあるでしょうし、社会全体としても「制裁をした」「懲らしめた」という納得が得られます。

そもそも、刑務所に入れる必要のない犯罪者が多数います。刑務所に入れてその後の社会復帰を難しくするより、社会奉仕を通じて人生の建て直しを図る方が犯罪者処遇の方法としても合理的です。保護観察処分との組み合わせや、仮釈放時に社会復帰の一段階に組み入れるやり方も有効だと思います。


2006/7/26(水) ワーキングプア

NHKスペシャル「ワーキングプア」を見ました。ワーキングプアとは、働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできない人たちを指します。生活保護水準以下で暮らす家庭が日本の全世帯の10分の1あると言います。

都会では、30代になってフリーター生活が継続できなくなったり、ホームレス化する人たちがいます。ホームレス化すると、「住所」の問題で就職が極めて困難になります。非正規雇用で低賃金にあえぐ人たちは、子供の進学について将来設計ができないで悩んでいます。地域全体が落ち込んでいる地域では、税金が払えない人たちが増加。集落の存続すら危ぶまれる状態があります。番組全体を見ることはできませんでしたが、私の見た登場人物がごく普通の人たちであり、何故彼らが幸せになれないのだろうかと、素朴な疑問が残りました。

貧困層が固定化し、貧困世帯の子供は貧困な人生を送るという図式も見えてきました。頑張れば豊かになれると信じてやって来たこれまでとは、異質な時代がやってきています。このことが結果として、大きな社会的コストとなって跳ね返ってくることも予見できます。

平等よりも自由に重きを置いてきた近年の「改革路線」は、「不平等」という「成果」だけはしっかり獲得しました。それでは、「自由」は獲得できたのでしょうか。一部の人たちの大儲けの自由しか保障しないのが「改革路線」ではないのか。この疑問に政治が答えなければなりません。

安倍晋三氏が「再チャレンジ社会」実現を総裁選に向けて掲げるようですが、「治った実例」を挙げ「医者も見放したガンが完治!」と宣伝する、インチキ健康食品のような話では困ります。対症療法ではなく、原因療法が必要です。

「小泉改革」の「陰と暗闇」に光を当て、真に機会の平等実現を目指す決意がなければ、単なる総裁選目当ての上滑りなスローガンに終わってしまうでしょう。上滑りなのは、「自民党再チャレンジ支援議員連盟」に馳せ参じた面々の顔ぶれを見ただけで一目瞭然ではありますが。


2006/7/25(火) 自民党の「夏枯れ」と、つくられた支持率

安倍晋三氏が次期総理に最も相応しい人物の第1位で、その比率が40%の超えて他の「候補」を大きく引き離しているという世論調査の結果が出ています。これは、首相の支持率や政党の支持率と同様の意味合いがあるものと考えていいのでしょうか。

調査の仕方にもよるでしょうが、知名度と支持率とをミックスしたものではないかと思われます。知名度がなければ、そもそもこの手のアンケートの俎上には上りません。知名度がなければ、簡単なアンケートの中で「首相に相応しい」などという回答はできないのですから。

このアンケートで勝とうとすれば、マスコミ、取り分け、テレビ露出度を多くして、知名度を上げるのが一番です。イメージ戦略を伴っていなければ逆効果になることがありますが、その点をクリアしていれば、テレビ露出時間に支持率が比例してくるのが自然です。

数年掛けてテレビ露出度が多い役職に登用していれば、自ずと「次期総理」の候補の1人には挙げられるようになります。安倍氏の場合、官房副長官、幹事長、幹事長代理、官房長官と日の当たる場所に居続け、テレビへの出演も数多くこなしました。芸能系番組にも出演しました。

安倍氏のテレビ出演を見ていて「おやっ」と思ったのは、「打ちやすい球を投げてクリーンヒットを打たせる」配慮が滲み出ていることでした。普通の政治家へのテレビ局の配慮とは異質なものを感じました。どうも、「インコース高め」以外は打てないことが分かっているので、インコース高めだけを投げて打たせたという感じです。テレビのキャスターも大変だったのではないでしょうか。

野菜の夏枯れ状態にも似た、人材枯渇の自民党。水っぽいキュウリ、ふやけたタマネギ、ひねたなすび、巻きの悪いキャベツしか並んでおらず、その中で何を買おうかという状態です。

「つくられた支持率」が一人歩きしています。この「支持率」の崩壊は早いだろうと思います。大関・白鵬のように、「横綱昇進はもう一場所見てから」の方が良かったと、自民党関係者が後悔する日が来るかもしれません。


2006/7/24(月) 疾風のように現れて、疾風のように去ってゆく

子供の頃歌った月光仮面の主題歌の一節。「疾風(はやて)のように現れて、疾風のように去ってゆく 月光仮面は誰でしょう ・・・」

正義の味方の颯爽たるパフォーマンスに酔いしれたものでした。しかしこれが、地域に多大な影響を及ぼす大手総合スーパー(GMS)の行動パターンだとすると、問題が深刻な社会問題になってきます。

GMSは、かつて街中に店舗を構えましたが、郊外が有利となると、あっと言う間に郊外にシフトを変えました。中心市街地にポッカリと空間ができ、各地の都市で悩みの種となっています。

GMSが郊外に出店してきた地域でも、10年〜20年の償却期間が経過すると、さらに有利な立地を求めて去っていくケースがあります。まるで焼き畑農業。

このGMSを核としてまちづくりを模索する自治体もあります。この場合、減価償却期間経過後の地域の状況をきちんと予測しておかないと、「そんなはずではなかった」という未来になることがあり得ます。

「シェーン カムバック!・・」と、こだます少年の叫び声。名画の最後のシーンが目に焼き付いています。疾風のように去っていくGMSに呼びかけても、振り返ることはありません。


2006/7/23(日) 「失われた10年」に続く軽薄の10(?)年

福田康夫氏の自民総裁選不出馬で、安倍晋三氏が次期総理・総裁という線が濃厚になってきました。自民党の人材不足を象徴する事態です。

1991年頃バブルが崩壊し、その後「失われた10年」という経済不振の時期が続いたということになっています。しかし、地方に住む者の実感としては、必ずしもそうではありません。「失われた10年」の間、公共事業の量が増え、そのお陰で地方経済には一定の潤いがありました。

小泉政権になってから、地方切り捨て路線が明確なものになってきました。地方切り捨て路線は、「橋本行革」や平成の市町村合併強行路線に転じて以降その姿が見え隠れするようになりました。それでも、あからさまなものではありませんでした。

小泉政権になって大都市優先の政策が明確になり、地方切り捨てが実感されるようになってきました。「三位一体改革」なる国家的なペテンが行われるに至り、地方に居住すること自体が人生選択の失敗であると見なければならない状況になりました。

従来の自民党の総理大臣が多少なりとも持っていた政治理念や世界観を全く持ち合わせない軽薄な人物が、時の勢いで総理大臣になり、5年半に渡りアクロバチックな演出で政権を維持してきました。その後継者が、前任者に勝るとも劣らない軽薄な人物。これを軽薄な自民党政治家が盛り立てる図式になりました。自民党の自壊が始まっています。

来年の参院選は、地方住民がこれ以上踏みつけにされていいのかどうかが問われる選挙です。総理大臣の空虚な人気が勝つようではおしまいです。自民党が地方住民を「どう騙すか」、地方住民が「どう騙されるか、騙されないか」が参院選のポイントです。

「失われた10年」の後に「軽薄な10年」があったなどと後世揶揄されないよう、賢明な判断が現在の国民に求められています。


2006/7/22(土) 「カリブの楽園」

戦前、国が鉦や太鼓を打ち鳴らして、「満州・蒙古は王道楽土」のキャンペーンを張り、多数の国民がこれに呼応して満州・蒙古に渡りました。惨憺たる敗戦の後数十年経ち、「中国残留孤児」が帰国しました。満州・蒙古に渡った方々の子や孫でした。

戦後、「ドミニカに移民すれば豊かな農地が与えられる」と政府が移住者を募り、1950年代後半、ドミニカ共和国に249家族1300人余りが入植しました。そのときのキャッチフレーズは「カリブの楽園」。優良農地が譲渡されるはずでした。

しかし、実際に配分された土地は3分の1から半分で、多くが耕作に適さない荒地。土地所有権はなし。多くの人が失意の奴隷的生活を強いられ、自殺者も出ました。日本政府は1960年代に集団帰国を実施しましたが、残れば約束の土地が手に入ると言われたり、集団帰国を知らされなかった人たちもいました。約50家族の残った移住者たちは、「謝罪と補償」を40年以上、日本政府に求め続けてきました。 

2000年に提訴。帰国者も加わりました。2006年6月7日の東京地裁判決は無情でした。「国の違法行為」を認定したものの、「除斥期間経過」を理由に請求棄却。司法による救済は否定されましたが、政府は非を認め、謝罪と補償を行うことになりました。政府の対応を受け、原告は控訴を取り下げました。

政府は21日の閣議で、中米・ドミニカ共和国への移民政策が移住者に困窮を強いたことを謝罪する首相談話を決定。小泉首相は同日、移住者の代表らと首相官邸で会い、長年にわたる移住の苦労をねぎらいました。 談話には「当時の対応により移住者の方々に多大な労苦をかけたことを政府として率直に反省し、おわびする」と明記しています。談話を受け政府は、原告177人を含む移住者約1300人に「特別一時金」を支給。政府の途上国援助(ODA)などによる支援を拡充します。

国のキャンペーンに乗ると大変な目に遭う実例です。平成の市町村合併においても、おいしい話が前面に出ていましたが、実際は・・・

<参照>
7月9日 市町村合併の本質とその後


2006/7/21(金) 昭和天皇の「心」

昭和天皇が亡くなる前年、靖国神社にA級戦犯が合祀されたことについて、「私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ。」と発言されたことを記録した、元宮内庁長官のメモが残されていることが大きなニュースになっています。

その中で、日独伊三国同盟を推進し、A級戦犯として合祀された松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐伊大使の名前を昭和天皇が特に挙げておられるところが注目されます。軍人でない者を挙げられたという面もあるでしょうが、戦前の歴史(取り分け日独伊三国同盟)に対する昭和天皇の評価が垣間見えます。

「A級戦犯」は不当な極東軍事裁判によるレッテルであると考え、無効なものだと考える人たちがいます。しかし、我々の目で見ても、戦争責任者の問題は看過できません。他国に多大な迷惑を掛けたことについては当然反省すべきですが、国民を苦難のどん底に陥れた責任者が、英霊達と一緒に眠ることは許されるべきではありません。外国政府の意見とは別に、我々が考えるべき問題です。

このことについて、当時の最大の関係者である昭和天皇が、靖国神社にA級戦犯が合祀されることに不快感を持っていたということは、A級戦犯合祀問題についての重要な参考意見であるとともに、昭和天皇が見識ある人物であったことを物語るものとして評価すべきだと思います。

「天皇陛下万歳」と叫んで、多くの兵士や国民が戦争で亡くなりました。そうした敬愛の対象であった人物が、生涯十字架を背負って生きられていたことに感銘を受けます。戦争犠牲者が浮かばれる話です。

どのかのボンクラ総理が、「心の問題」と言っているのとは、品格において格段の違いがある「心」です。

<参照>
6月11日 「生きて虜囚の辱めを受けず」
6月14日 「生きて虜囚の辱めを受けず」(補説というか本質論)
6月16日 儒家の思想と法家の思想


2006/7/20(木) 「三セク自立」論について

【「愛媛新聞の暴走」(1)〜(5)の続き】

「三セクは自立すべし。」 愛媛新聞の論調でもあると思われますが、最近伊予市の職員からも同じような声が聞こえて来るようになりました。

第三セクターが企業として自立することができれば、それは大変結構なことです。その意味では、三セクは自立に向けて努力すべきだと思います。自治体との資本関係も解消し、真の民間企業としてやっていくことが理想の姿です。公設民営の形式、即ち、自治体所有の土地建物を借りて三セクが営業する場合は、建物に関する減価償却を考えなくてもいいので、土地建物を確保するところから事業が始まる場合に比して自立は容易です。

一般論としてはその通りなのですが、何故三セクでやらなければならなかったのかという原点に立ち返ると、どのケースにも成り立つ話ではないということが分かります。儲かりそうであれば、民間がすかさず手を挙げるはずです。経済合理性だけでやれるのであれば、自立的な経営を追求することは不可能ではありません。伊予市第3セクター(株)まちづくり郡中の場合でも、「町家」という商業施設だけの自立は、市の施設にミニスーパーを誘致したのと同じだと割り切ってやれば、不可能ではないと思います。しかし、「地産地消」「環境」等の理念は後退することになるでしょう。

もちろん、まちづくり会社が本来目指すところは中心市街地の活性化であり、一施設の運営ではありません。民間が頑張って自立すればいいのだという話に矮小化できない目標があります。「自立」という言葉の裏に、中心市街地活性化の大目標から市の職員が手を引くか、あるいは手を抜くことが想定されているようにも見えます。これは市長の公約を無断で実質的に破棄する企てですが、この背景には、民間(商業者)が「受益者」であり、それに行政が手を貸してやっているという発想があるのでしょう。

要するに、自分たちは本来の行政事務をやるべしということでしょう。ところが、「本来の行政事務」こそ大胆なリストラが求められているのであって、行政マンが自己の担当する分野における大義を忘れて事務屋になってしまったら、自らの存在意義を否定することになるということを自覚しておく必要があります。単なる事務屋(サラリーマン)はリストラしろという世論に逆らえなくなるのです。24時間型市民=公僕の自覚なき公務員は、今や「扶養家族」に過ぎない存在です。

重要なポイントですが、民間の課題に行政が手を差し伸べているのではなく、都市の命運を決する喫緊の行政課題に民間人が参画しているのです。これこそが画期的な話です。そこを忘れてはなりません。むしろ、自治体職員が地域活動に参画する足場として「三セク」を捉え直す視点が必要ではないでしょうか。ここにこそ、自治体と自治体職員の積極的な意義があるのです。

現在の地方都市の零細企業の実態は深刻です。伊予市においても、地域商業の分野では、10年前の売上と比較して「売上減少率、3割4割当たり前」という状況です。商業者が「商店街」のために何かやろうとしても、活動時間中に行われるはずの仕事は家族にしわ寄せされることになります。活動し過ぎると家族に負担が掛かり、段々外に出にくくなってきます。テーマが「中心市街地活性化」と大きくなると、その効果が自分たちにどう反映されるのか不明であり、家族の不満が高まります。私たちの仲間もそういう状況下で頑張っています。長年協力してくれた仲間の中から、事業が破綻してしてしまう者も出るという深刻な事態になっています。

そういう現実を知る者として、愛媛新聞の取材不足、見識不足の記事によって、「まちづくり三セクは赤字ですね。地域商業者の皆さん、空しい努力はやめてお枯れなさい(死になさい)。」と言わんばかりに書き立てられると、無性に腹が立ちます。それと同様、行政職員が手抜きをするために、「三セクの自立」を主張するのだとしたら、これも「惻隠の情」なき言動であると思います。

私は、まちづくり三セクは、まちづくり分野における「民間市役所」としての意義があると考えています。民間の力を活用しながら、行政課題を解決するスタイルの行政事務遂行形式であると理解すべきです。

ここで、「三セクの赤字問題」を敷衍しておきます。収支の齟齬により税金投入の必要な事態を指して「赤字」と言うならば、行政事務を行う上での「収入」の大半は「税金」=「赤字」ということになります。国や自治体は、税金の投入=「赤字」で成り立っている団体です。自治体財政においては、税金を「収入」と構成しているから、収支のバランスが取れているように見えるだけです。

問題は、費用対効果の関係です。どれだけの費用=税金でどれだけの行政事務が遂行されるかです。一定事務に関する税金投入額が少なければ少ないほど効率的な行政であるということができます。三セクにおいても、「赤字か黒字か」ではなく、「費用対効果」の客観的かつ厳密な測定こそが重要であると考えます。


2006/7/19(水) 愛媛新聞の暴走(5)・・・三セクの企業評価の基準

愛媛新聞が三セクの評価基準を「赤字か黒字か」に単純化していることを指摘した上で、赤字容認論とも受け取れる意見を昨日述べました。しかし、赤字を不用意に容認してしまうと、財務規律を確保できなくなります。では黒字ならいいのかというと、黒字なのに会社が突如倒産する事例があります。粉飾があるからです。会計情報の正確な開示がなされた上で黒字・赤字が議論されることは当然ですが、それを前提としても、黒字・赤字はつくられるものであるとの認識が必要です。

どういうことかと言うと、三セクにおける施設管理委託料等の収入が三セクと自治体との契約で決まるからです。平成15年の法改正により公共施設の指定管理者に、民間企業やNPOも名乗りを上げることが可能になりました。そこでの適正な競争により、合理的な「価格」が決まるはずです。

しかしながら、まちづくりの分野における「競争相手」を探すことは極めて困難であり、結果として伊予市の三セクが市からの業務委託を受けざるを得ないのです。その「価格」は、伊予市の場合かなり低いところから出発しています(昨日述べた数値を参照してください)。可能な限りのローコスト経営を行った上で、適正な「価格」を探っていくのが妥当な考え方だと思います。その過程での試行錯誤による「黒字」「赤字」は、「価格設定」の見積もり変更要因であると考えます。

マスコミの批判を恐れる余り、当初から高めの価格設定を行うと、経営努力に水を差すことにもなりかねません。丼勘定の「黒字決算」の場合は却って、経営のモラルハザードを起こしかねないのです。(株)まちづくり郡中の場合、商業者がボランティアで経営・管理の部門を支えている要素が強く、余分な「贅肉」はほとんどありません。商工会議所にも協力していただき、従業員の皆さんにも薄給で我慢してもらっています。世に言う「天下り」の余地もありません。経費削減可能な分野は限られており、そこでの経費削減を成し遂げた上での「赤字」であれば、「赤字」解消のための価格見直し要求が正当にできる環境が整います。

「町家」開業2年余を経過して、どのくらいが「適正価格」であるのかが、見え始めたところです。平成18年度に赤字予算を組んだのは、「最大限経営努力しても、これだけ不足しますよ。」「しかし、ここまでは頑張るつもりです。」という「見積もり」のようなものです。

三セクに関わり合ってみて、未体験ゾーンでの営業活動であることは仕方がないとして、行政と民間との調整、意思決定のやり方等、なかなか大変であることが分かりました。しかしながら、行政の信用により、各企業の協力が得られ、農業者、漁業者の協力も得やすいという極めて大きな利点があることもよく分かりました。この三セクの利点を活かしつつ、弱点を補強する努力をしていけば、有効適切な企業活動ができるのではないかと思います。

企業活動が有効適切であるかどうかの指標は、まちづくり分野においては、各種経営数値に加え、市民や来街者の評価という要素が重要です。市民・来街者の支持なくして、まちづくり分野の事業は成り立ちません。市民から見て、これだけの費用を掛けてやるべき事業ではないと判断されるようであれば、事業継続の必要がないということになります。市民の誇りにつながり、暮らしやすさの向上という成果が得られるなら、継続すべき事業であるということになります。

なお、「商店街への波及効果」ということで言えば、拠点施設1つで「回遊性」の確保は困難です。拠点施設は複数必要であり、中心市街地活性化基本計画やTOM構想でも複数拠点を予定しています。商店街が拠点施設での集客効果を活かす努力をする必要もあります。私は、商店街(伊予市商業協同組合)の役員でもあるので、その努力もしなければならない立場です。愛媛新聞の指摘(町家」開業後も商店街への波及効果が確認できない)は、まちづくり会社に向けられるのではなく、商業者と商業団体に向けられているのであれば、適切かもしれません。

ところで、「三セクは自立すべし」という声が行政内部からも聞こえてくるようになりました。「愛媛新聞の暴走」というタイトルはこれで一応やめにして、明日は「三セク自立論」とでも称すべきものに対する意見を述べる予定です。


2006/7/18(火) 愛媛新聞の暴走(4)・・・伊予市三セクの「赤字」とは

何故、「愛媛新聞の暴走」という過激なタイトルにしているのかと言えば、取材不足、知識不足もさることながら、単純に赤字か黒字かだけを問題にして、地域の行政課題に民間が参加する道筋を閉ざすための議論を展開する結果になっていることへの警鐘という意味合いがあります。

地方切り捨て政治の中、各地で懸命な地域振興の努力がなされています。その応援団になるべき地元紙が、斜に構えて評論する姿勢は如何なものでしょうか。地域の人たちの努力をあざ笑い、「皆さん、無駄な努力はやめてお枯れなさい(死になさい)。」と言わんばかりの態度ではないでしょうか。

自らの販売エリアの衰退を助長する愚挙でもあります。愛媛の人口が現在146万人。2050年には90万人前後になるでしょう。衰退途上にある愛媛の地元紙のあり方がこれでいいのかどうか。批判は大いに結構ですが、それなりの取材と見識を前提としてのものであるべきです。足も使わなければ、頭も使わない。それでいて、「取材最前線」。これでは駄目だと思います。

これまで、各地で補助金目当ての事業や箱もの建設が数多く行われ、財政悪化の原因となったことから、行政が不用意な事業を推進することは厳に戒められなければなりません。行政の肥大化につながる「三セク」については、その事業内容と社会的な意義等を総合的に考察して、批判的な検証を行うことが必要であり、それが報道機関の任務でもあります。

それでは、その基準は「赤字か黒字か」でいいのでしょうか。もちろん、黒字の方がいいと思います。しかし、黒字にすることが目的なら、狡い手はいくらでもあります。最初から「施設管理業務委託料」を高く設定すればいいのです。また、「町家」での物販を行わず、施設を「会館」「公園」として運営すれば、「赤字」にはなりません。伊予市内には幾つかの「会館」がありますが、この運営に年間数百万円必要です。

これに対し、(株)まちづくり郡中の昨年度決算では、街の交流拠点(町家)施設管理業務委託料として858万円いただき、地代家賃として伊予市に394万円支払っています。十数名の雇用がそこに発生。特産品売り場レジ通過客数が年間延べ17万人、来場者全体で年間25万人(推定)。特産品売り場の販売手数料収入は前年度比実質10%増。イベントも数多く行われ、市民や来街者の支持を得ています。この実績を前提としての、660万円の「赤字」です。嫌な言い方ですが、市職員1人分の人件費。1人の職員がこれだけやれるかどうか。

今年度は国に補助金を申請していないので、数字的にはさらに大変です。しかし、管理業務委託料の値上げと地代家賃の減免が行われたと仮定して、市から見て上記の効果に対して実質1000万円の費用負担だとすれば、一般の「会館」に掛かる経費と比較したとき、上出来との評価があっても不思議ではありません。民間の取締役、協力者と「町家」従業員が懸命の努力をしたから、この数字で収まっているのです。

以下、明日につづく。


2006/7/17(月) 愛媛新聞の暴走(3)・・三セクの赤字<その2>

取材不足、理解不足で書かれた愛媛新聞記者の署名入り記事。「取材最前線」という皮肉な名前の囲み記事です。見出しは、「伊予市の顔」。

「顔」となるべき場所のない都市は、化粧を忘れ、身繕いをしなくなった女性と同様、自己喪失状態の存在です。玄関も応接間も居間もない家を想像してみてください。個々の住民がそれぞれの合理性を追求した結果、「総合の誤謬」が都市において生じました。都市の自己喪失は、結果として住民の暮らしの満足度を低下させ、都市への帰属感を乏しくさせるとともに、住民としての誇りを奪うことになります。

かつてどの街にも商店街があり、「街の顔」として、地域住民の需要を満たしつつ、「地域コミュニティーの核」としての機能を発揮していました。賑わいがあって、人と人との出会い・交流がある。そういう都市の中心部が空洞化し、郊外の大型店が機能本位に消費者の需要を満たすことになり、人と人とのふれあいの場は少なくなりました。

1998年に中心市街地活性化法が成立。国が中心市街地活性化を「喫緊の行政課題」と位置付けたことにより、全国各地で基本計画が策定され、国の支援がなされる環境が整いました。我が伊予市では、比較的早い段階で中心市街地活性化に向けた動きが活発化しました。私も中心メンバーの1人として、まちづくり機関(TMO)設立に向けた活動を行いました。ここで意識したことは、中心市街地活性化は中心部の商業者や住民の「部分利益」ではないということでした。

車社会に過剰適応した状態のままでは、超高齢社会において高齢者の快適な暮らしを実現できないのではないか。地域コミュニティーの核を失った状態では、地域社会が健全に発展できないのではないか。都市としての魅力が乏しく、知名度もない地域に企業が進出するだろうか。賑わいと交流の場がなければ、新たな産業が生まれる土壌もなくなるのではないか。都市としてのアイデンティティーを維持できなければ、自治体としての存続すら危うい状態になるのではないか・・・

「商店街の活性化」ではなく、「まちづくり」=「都市の魅力づくり」=「中心市街地活性化」である。結果として地域商業が生き残ることができれば幸いだし、生き残るためにこそ「まちづくり」の大義を掲げて頑張ろうということでした。その意味では、商業者が中心市街地活性化のエンジンとして駆動する図式になりました。

伊予市の行政も、中心市街地活性化を公約として掲げた新市長誕生を契機に、中心市街地活性化が緊急の行政課題であると考えてくれるようになりました。従来の発想では、「行政の公平性」ということから、一部地域への偏った税金投入になると批判されるような事柄については、慎重でなければならない考えられていました。しかし、中心市街地活性化が都市の命運を決する重大かつ緊急の課題であると国が認めたことにより、自治体行政としても機動的な対応が可能になりました。

伊予市の中心部、郡中(ぐんちゅう)という一部地域の課題ではなく、伊予市全体の利益のため、伊予市における喫緊の行政課題に取り組むために立ち上げられたのが、伊予市第3セクターTMO(株)まちづくり郡中です(2006年の法改正で、「TMO」という語は使用しなくなりました)。三セクの株式会社という形式を採用したのは、国の補助を得るために必要だったからでもあるのですが、これにより、民間から多額の出資を得ることが可能になりました。資本金4千万円。伊予市が2千万円、民間が2千万円出資しました。行政の信用なくして、民間から2千万円もの出資を募ることは不可能でした。利益を生み出すことが困難な事業であり、仮に利益が出ても再投資する必要があるので、出資を募るに際し「配当はありません」とお断りし、出資者には寄付のつもりで応じてもらいました。

この会社は、中心市街地活性化という伊予市の行政課題実現に向けて民間が行政に協力するための受け皿としての意義を有します。行政課題実現のために市民が行政に参加する組織と言ってもいいでしょう。行政が直接行うことも考えられますが、行政が矢面に立つことで無用な紛争に巻き込まれる不都合があり得るので、第三セクターとして行動することにしたのです。

会社の定款起草者は私です。定款には、「取締役無報酬」の規定を盛り込みました。民間がボランティアで経営に参加する決意表明のつもりでした。現在、民間の取締役が毎日早朝6時前から2時間弱、「町家」の開店準備と農家の野菜・果物搬入受け入れの労務作業をボランティアでやっています。これは定款起草時には予期しなかった事象です。余りにも気の毒で、私はこのような時間厳守と時間拘束が伴う労務提供には「謝金」を支払っても定款違反ではないから、支払うべきだと主張しています(定款変更してもいいのです)。

(株)まちづくり郡中が目指す都市の魅力づくりを本格的にやろうとすると、利益は期待できません。もし、まちづくりの理念を遵守しながら黒字経営できる企業が我々に代わってまちづくり会社を経営してくれるのなら、私たちは「商店街活性化」の取り組みに、より多くの時間を割くことが可能になります。

以上の事柄。「最前線で取材」してくれていたら、当然御承知のはずなのですが。

以下、明日につづく。


2006/7/16(日) 愛媛新聞の暴走(2)・・三セクの赤字<その1>

伊予市第3セクター(株)まちづくり郡中は赤字です。愛媛新聞は、三セクの事業内容や地域社会への貢献といった要素には目もくれず、「赤字」と聞いただけで大きく書き立てます。「三セクは悪である」→「赤字はけしからん」→「三セクは廃止すべし」or「三セクは自立すべし」という筋書きが最初から頭に刷り込まれており、全ての事実がそこに収斂されるように記事を書こうとします。そうでないと、デスクの許可が得られないのかもしれません。

ここで記者(あるいは愛媛新聞)に質問してみたいのは、「三セク」って一種類なのですか、ということです。全国にある(あった)三セクの中では、最初から民間でやるべき事業であるし、何故行政が経営に参加したのか不思議な事例も数多くあります。かつてのリゾート開発が典型です。それとは別に、民間では採算が合わず誰もやらない事業、ないしは地域における喫緊の課題を解決するために行う事業があります。これを三セクという形態を利用して行うのです。

JRの路線が廃止されるかどうかというケースで、本線から切り離される路線を三セクの鉄道会社に移管することがあります。この場合、信用ある民間企業が手を上げれば、行政は喜んで任せるでしょう。そうはいかないので、行政の信用で民間から出資を募り、民間の経営手法を借りて運営することになります。JRでは経営が無理であっても、三セクの企業努力で黒字化する事例もあります。

しかし多くの過疎地域では乗降客数が少なく、鉄道ではなくバス路線でないと黒字にはならない状況です(バス路線でも赤字になるケースが多いでしょう)。この場合の三セクの「赤字」とは、鉄道により沿線の地域社会を維持する経費であると考えることもできます。もちろん、可能な限りの企業努力が前提になります。この「赤字」即ち「経費」負担に自治体が耐えられるかどうかがポイントになってきます。それだけの税金を投入して維持する必要があるかどうかの政策判断になります。また、それを住民が認めるかどうかが問題になります。

それでは、中心市街地活性化を目的とする三セクとは、どういう性格の企業なのでしょうか。一部の人たちの利益を護るためのものと考えるのか、自治体全体の利益に関わるものと考えるのかどうかで判断が異なってきます。

以下、明日につづく。


2006/7/15(土) 愛媛新聞の暴走(1)・・三セク問題

私は、伊予市第3セクター(株)まちづくり郡中の役員をしています。このところ、愛媛新聞の基本的知識を持たない、取材不足の記事で迷惑を蒙っています。

短期間に2度の記事。それぞれに、事実誤認と基礎知識のなさが露呈されているのですが、一応新聞記者が書く文章だけに、一般の方はそれを信じてしまいます(真偽についての問い合わせもあります)。しかもそのミスは、理解の進んでいる関係者でなければ指摘できないものだけにやっかいです。

先日の記事は赤字決算に関するものでした。昨日の記事は、@赤字であり、数年以内に債務超過の可能性があること、A拠点施設「町家」のテナント3区画が空き店舗になっているが、新しい借り手が決まる見込みが今のところないこと、B「町家」開業後も商店街への波及効果が確認できないこと、が書かれています。

記事の中で気になったのは、「中心市街地活性化」の意義が分かっていないことです。記事では、「町家」が「中心商店街の活性化」のための施設と認識されています。「商店街」という既存商業施設の活性化はもちろん行政課題としては重要ですが、「中心市街地活性化」は、市民にとって誇りが持てる街、都市的サービスが受けやすく、暮らしやすい街にするためのものであり、その中で商業は「都市的サービス」の一環として位置付けられることになります。「町家」の目的は、「商店街の活性化」ではありません。

重要なのは、「商店街の活性化」は供給者(商業者)に目を向けたものであるのに対し、「中心市街地活性化」は消費者・生活者(市民、来街者)に目を向けたものであるところです。ここの違いが分からない方が多いのが残念です。伊予市の中心市街地活性化のスローガンは「いよいよ郡中(ぐんちゅう)街物語がはじまる」であり、サブタイトルとして、「海と歴史の浪漫を感じる暮らしやすいまちづくり」が掲げられています。誰が主体かを考えていただければ、愛媛新聞の文章にはなりにくいと思います。

拠点施設「町家」の経営に当たっては、「地産地消」が掲げられ、農産品については伊予市で取れたものを農家が出品し、地元の新鮮な野菜を提供することにしています。「伊予市で取れないバナナやリンゴは置きません」ということを繰り返し宣伝させていただいています。流通経路の短縮により環境問題に取り組むという意義もあります。まちづくりの理念を重視し、利益至上主義を排するという「足枷」を自らはめているのです。

また、「町家」は新規商業者育成施設としての意義があります(インキュベーター機能)。理解していただきたいのは、新規創業が極めて難しいことです。1〜2割成功すれば上出来の世界です。この難題に取り組んで試行錯誤している状態です。「空き店舗」には、問い合わせ・応募者がありますが、これまではお断りしています。というのは、「テナントミックス」という考え方があり、現在の中心市街地に不足している業種を補充しようという観点から、誘致すべきテナントを絞り込んでいるのです。ところが、現在の伊予市で成り立つ事業でかつ中心市街地にはない業種の出店ということが難しいという実情があります(なお、空き店舗3区画中1区画は活用中であり、近日中に常時活用についての結論が出るところです)。私見では、空き店舗は市民交流のための空間として利用すべきではないかと思います(子育て支援、高齢者のたまり場、障害を持つ方のための自立支援機能を持つ施設等)。

署名入り記事なので、新聞記者を招待してレクチャーしたらどうかという意見もあるのですが、愛媛新聞社の方針が、「三セク悪者論」であり、「赤字の三セクは潰せ」というのが基調であって、一記者レベルの問題ではないし、懇切丁寧に説明しても聞く耳は持たないだろうということで、しばらく静観することにしています。

赤字問題については、明日述べます。三セクにおける赤字問題。ここが大きなポイントです。


2006/7/14(金) プロ野球の繁栄は「8時半の男」復活から

宮田征典氏、死去。1960年代の巨人で救援投手として活躍し、登板時刻が8時半頃であったことから、「8時半の男」として話題になりました。

このところ、サッカー人気に押され、また、人材がメジャーリーグに移籍するなどして、日本プロ野球の人気は下降しています。巨人の試合の視聴率も、考えられないくらい低くなっています。

野球派の私も、最近はテレビで野球を見ません。「弱い巨人」は大歓迎なのに、それを見ようという気になれません。野球そのものが、世の中の周波数とずれてきているようにも思われます。じっくりと楽しむアナログ的スポーツである野球が、瞬間芸を楽しむデジタルなサッカーに取って代わられるということなのでしょうか。そうであるとすれば、野球のデジタル化を推し進める必要があります。

デジタル化とは即ち、どの瞬間も見所であって、数分間テレビを付ければ数分間楽しめる形のゲームにしていくということです。テレビの演出方法も絡みます。投手対打者の対決が基本の野球にあっては、どの投手とどの打者との戦いも、投手と打者の出身地、経歴(高校・大学・社会人野球でのエピソード)、成績、人生などを交え、試合展開が一目瞭然分かる画面構成とし、作戦・配球の妙も解説しながら瞬時にドラマ化していく技法が求められます。これまでもその努力はされてきましたが、それを極限までやり抜き、情報量を最大化し、どの対決も、一期一会の瞬間ドラマとして構成するのです。テレビのデジタル化は、この点では追い風になります。

デジタル化を進めるとしても、野球の醍醐味はやはり、アナログ的な推理・評論をしながらの観戦にあります。そこで問題になるのは、「終着点」ないしは「着地点」の設定です。「水戸黄門」は、8時40分台後半にヤマ場が来て、「御老公の印籠」が出てきます。これと同様、テレビ枠の最終局面で押さえのエースがピンチに登場して相手打者と緊迫の勝負をするという形に持ち込む演出が必要です。試合時間を大幅に短くし、8時50分に終了して勝利インタビューをする。9時台は、通常の報道、ドラマが安定してみられる環境を整える。そのためには「8時半」に登板する「エース」が必要です。「8時半の男」復活が鍵になります。

ルール改正も必要です。例えば、9回以降は「フォーアウト・チェンジ」「ツーストライク・アウト」「スリーボール・進塁」として、最終局面でスピーディーかつドラマティックに決着を付ける形にする。

野球はエンターテインメント。終了間際にヤマ場が来る。ここでの一挙手一投足を見逃したくないと思わせるスポーツとして進化していくことを願っています。時間の使い方とお金の使い方に大きな変化がやってきている時代。プロスポーツがビジネスモデルの転換点に立っているのだと思います。「1リーグ制」というような粗末なアイデアでは持ちません。


2006/7/13(木) テロと高齢化

インドのムンバイ(旧ボンベイ)で11日、大規模な爆弾テロが起き、夕方の通勤列車が次々に爆破され、約200人が犠牲になる事件がありました。 

インド人は知的能力が抜群で、21世紀はインドの時代ではないかという説すらある中で、治安維持に問題があることが明らかになったということは、インドにとって大きなダメージです。中国よりインドの方に目を向けるべきであると考えていた方々にとっても痛手であり、12日の東京株式市場は全面安の展開になりました。

世界中でテロがなくなる時代は何時来るか。その条件は、大きく2つあると思います。1つは、世界中の人々が失うものを多く持つようになるということです。即ち、豊かさの確保です。もう1つは、高齢化です。

2000年における人口(総務省資料)を見ると、世界の人口が61億人(先進国12億人、開発途上国49億人)。高齢化率は6.9%(先進国14.3%、開発途上国5.1%)です。15歳未満の人口比率は30.0%(先進国18.3%、開発途上国32.9%)。

中位年齢という概念があります。人口を年齢順に並べたとき、その中央で全人口を2等分する境界点にある年齢をいいます。この中位年齢を見ると、世界が26.8歳、先進国37.3歳、開発途上国24.3歳となります。

要するに、開発途上国は若い。高齢化も少子化も進んでいません。しかし、2050年での予測値を見ると、開発途上国においても高齢化率14.6%、15歳未満の比率20.9%、中位年齢が36.6歳となり、高齢社会に突入し(高齢化率14%以上が高齢社会、日本は現在高齢化率20%)、中位年齢も高くなってきます。

宗教的、政治的対立が重視されがちですが、世界全体が高齢化すれば、自ずと落ち着くところに落ち着くと思われます。大学紛争華やかなりしころ(1970年前後)の我が国の高齢化率が7%、中位人口が30歳前後と想定されますから、「若気の至り」ということが世界レベルで実感されることになるでしょう。

ちなみにインドにおいても、2000年で高齢化率4.9%、中位年齢23.4歳が、2050年には高齢化率14.8%、中位年齢38.7歳となります。


2006/7/12(水) 設問としての「敵基地攻撃論」

独立国として憲法の範囲内で国民を守るために限定的な(敵基地攻撃)能力を持つのは当然であるとする額賀防衛庁長官の発言が波紋を呼んでいます。

外国からの攻撃が空想的であった時代における議論と、北朝鮮のミサイルが次々と発射される現在の情勢での議論とは、自ずと異なってくると思われます。

ミサイルが我が国土に向けて発射されてからでは、これを防ぐことは困難です。ミサイル迎撃システムを導入するとしても、全てを迎撃することはできません。ミサイルが発射される現実的危険が迫ってきた場合、相手方の基地を先制攻撃することができなければ、座して死を待つことになるという議論は、国民に訴える力があります。

しかし、目前の事象にとらわれて暴走することを防ぐためにこそ憲法規範があり、安全保障に関する原理原則が存在するのであって、貧困国家・北朝鮮の「ミサイル空撃ち」でこれらが音を立てて崩壊してしまうというのも情けない気がします。

「敵基地攻撃論」は、我が国の民主主義と防衛論議を高めるための「設問」と位置付ければ、有意義であると考えます。「敵基地攻撃」の有効性と弊害の両面が客観的に評価されることで、我が国の安全保障度を高めるための政策のあり方を深めていくことが可能になります。

ただしこの作業は、軍事の知識もさることながら、相手国の国内情勢の分析に加え、国際社会の政治力学と利権構造等に対する深い読みが必要であって、数学にたとえれば3次方程式、4次方程式の「解」を求めるに等しいということを理解しておく必要があります。

政治家が不用意に「敵基地攻撃」を口にすることによる外交上・安全保障上の不利益をさておいても、このような複雑な議論に安倍氏や武部氏といった床屋政談レベルの能力しか持たない政治家が口を挟み、マスコミがこれを増幅して伝えることの愚かしさを指摘しておきたいと思います。「1手読み」の瞬間湯沸かし器型反応ではなく、数手から数十手先を読む力を付けるためにこそ、真摯な防衛論議が求められています。

「敵基地攻撃論」の背景に「北朝鮮問題なら安倍」という世論形成の意図も感じます。しかし、高度の政治能力を要求される軍事・防衛で単細胞政治家が脚光を浴びて失敗した事例が我が国にあることを忘れてはなりません。その人の名は、近衛文麿。


2006/7/11(火) 夕張市がトップランナーになる条件

632億円の負債を抱え、財政再建団体指定の申請を決めた北海道夕張市が、前年同期を上回る賞与を支給したという報道が先日ありました。決定したのは破綻が明らかになる前ですが、破綻を知っていた関係者については、背任罪が問題になってもいいと思います。

そのことはさておき、この際夕張市はものの見方を根本的に変え、トップランナーになれる希有な条件を獲得したと考えるべきです。これから自治体破綻は年中行事化することも予想されます。いち早く破綻し、この挫折をバネにして素早く立ち直っておけば、自治体改革のモデルケースとなります。

破綻したということは、遠慮会釈なく改革することが可能になったということです。国が指導する以上の改革をやればいいのです。考えられる全てのことをやる決意が必要です。

一案。特別職と議員は無報酬(ボランティア)。一般職は給与20%カット(で収まるかどうかは分かりません)。そして、支給されるべき部分の3割を「地域通貨」とする。その上で、各種ボランティアに積極的に取り組む。財政再建と地域活性化とを両立させるのです。市と職員がこのような決意を示せば、住民の支持も得られます。

住民の団結と公僕意識の復活。そして、地域振興。真の「三位一体改革」をやろうじゃありませんか。他の自治体のモデルとなる自治体改革を行う強い決意が求められます。「欲しがりません勝つまでは!」のスローガンは、こういうときに掲げるべきものです。


2006/7/10(月) 町長、村長がいた風景

地域の活性化は、リーダーの存在抜きには語れません。「長」と名の付く人物がしっかりしていれば、ものごとはうまく運びます。自治体の首長の見識如何で、その自治体の将来が決まることもあります。

明治の町村合併前、全国に約7万の自治体がありました。それが1万5千になり、昭和の合併で1万から4千へと減少しました。平成の合併では、3200から1800へと減少しています。

自治体が小さかった頃は、各地に町長、村長がいました。彼らは行政のトップとして、地域における責任を担っていました。彼らの発言には重みがありました。その周辺には、一定レベルのスタッフがおり、それぞれの地域の知的水準が維持できていました。

合併が行われるごとに、地域から人材が流出し、東京や大都市、地方の有力都市に吸収されてしまいました。そして、首長がいなくなったことで、命懸けで地域を守ろうとするリーダーもいなくなりました。

玉石混淆ではあったでしょうが、町長や村長がいることで、その地域は独立の気概を持って地域を維持することが可能でした。中央の都合で行われてきた市町村合併は、首長をリストラし、事務能力ある人物を地域から放出することで、地域の独立の気概と誇りとを奪い去り、結果、地域の崩壊が懸念される事態となっています。

リストラされるべきは、町長や村長ではなく、霞ヶ関の官僚でした。

「貧しくても、自治を守ろう!」

旧自治省はこのメッセージを強く発すべきでした。総務省もそれを承継すべきでした。何よりも、住民がそう考えるべきでした。


2006/7/9(日) 市町村合併の本質とその後

平成の市町村合併は、町や村を「地上げ」して自治体数を減らし、効率的な「統治」を目指すものでした。「地方分権」とは、そのために使われたお題目です。中央集権的統治をより合理化することが市町村合併の本質なのです。

額面通り「地方分権の受け皿」をつくるために市町村合併に奔走した方々は、合併後に後悔されているのではないでしょうか。役場を中心にそれなりのまとまりがあった「町」や「村」が「地域」「地区」になり、これまでは「我が町の最重要課題」であるとアピールすれば国や県が重く捉えてくれていた課題が、「○○地区の要望」となり、政治課題としては下位に位置付けられることになってしまいました。

歴史を振り返ると、国家は時折国民を騙します。戦前、鉦や太鼓を叩いて国民に奨励した「満州蒙古は王道楽土」の移住促進キャンペーンの結果はどうなったでしょうか。後に中国残留孤児を生み出したことは、御記憶の通りです。私はこのことを繰り返し主張し、市町村合併反対を唱えましたが、多くの方々の御理解を得ることはできませんでした。

合併特例債が「飴」として利用され、単独生き残りには「鞭」が打たれる政治情勢下で、選択の余地がなかったという面もありました。しかし、厳しい財政事情を含め、全てを住民にさらけ出して、厳しくてもまとまって自治を守ろうという姿勢をリーダーが示せば、地域を滅ぼす合併へと雪崩れ込むことは防げたのではないかと悔やまれます。福島県矢祭町などの気概ある実例を見ると、そのような思いがこみ上げてきます。

「三位一体改革」により地方交付税が大幅にカットされ、「地方切り捨て」の意図が明確になるにつれ、多くの自治体関係者が国に騙されたことに気付きました。地方のリーダーが歴史に学ばず、経験に学んでしまったことを極めて残念に思います。


2006/7/8(土) 民主党長野県連、知事選自主投票

民主党長野県連は7日の常任幹事会で、8月の知事選への対応を協議した結果、独自候補の擁立を断念し自主投票で臨むことを決めました。ちょっと情けないなというのが、率直な感想です。

田中康夫知事への拒否反応が民主党長野県連にもあるようです。田中氏が極めて癖のある人物であることは否定できないと思いますが、長野県が地方自治の実験場(地方自治の主戦場と言い換えた方がいいかもしれません)になっているという大局的な見地から、民主党がきちんとスタンスを決めるべきです。

報道から推察するだけでの判断ですが、問題の多くは民主党の県議会議員にあるように思われます。実質的に自民党と大差ない人物が民主党の看板を背負って当選するというのが、よく見られる地方政治の実態です。彼らは地元で力があり、国会議員(候補)はこれを無視することができません。この状況を改めないと、民主党は本当の意味で有権者の信頼を勝ち取れません。

地方における改革については、地方議員から変わっていくのではなく、まず国政で政権交代を果たし、その結果地方政治も変わっていくという筋道が考えられます。保守王国と言われる地域では、そういう筋道も仕方ない面があります。

長野県も、有力国会議員がいるものの保守王国ですので、やむを得ないところがあります。しかし、歯に衣着せぬ言い方をさせていただければ、地方選挙において、地方主権・地域主権とは何であるかを知らない「田舎のオッサン」を擁立して「民主党」の看板を背負わせるべきではないと思います。


2006/7/7(金) 対北朝鮮、想定される事態

北朝鮮がミサイルを次々と発射しても、全て海に落ちる。そう考えている方も多いだろうと思います。また、日本列島に着弾した場合には、「日米同盟」があるのだから、北朝鮮への軍事的報復が問題になる。このように理解されている方も多いでしょう。

しかし、次のケースも想定しておくべきでしょう。即ち、日本列島にミサイルが着弾した後、北朝鮮が「ミサイル実験を行ったところ、誤って日本列島に着弾した。遺憾である。」と声明を出すという場合です。この場合には、「過失なら制裁は慎重にすべきだ。」と主張する国家が出てくると予想しておくべきです。

「過失」を強調しながら、実質的には相手を威嚇する。暴力団が使う手口は全て使うだろうと考えておかなければなりません。北朝鮮は生き残れるかどうかの瀬戸際にあります。思いつく限りの手段を北朝鮮が講じると想定した上で、対策を考えておく必要があります。

「応用問題」を瞬時に解く柔軟性と機動力が求められます。


2006/7/6(木) 対北朝鮮における「ワニの柔らかい下腹」

第2次世界大戦において英国宰相ウィンストン・チャーチルは、鉄壁とも見える枢軸国において、イタリア・バルカン方面が「ワニの柔らかい下腹」であると見抜き、この地域から反撃してドイツを攻略するという大戦略を持っていました。

北朝鮮の暴発に対し、「経済制裁」の声が高まっています。私も気持ちは同じですが、国民の命が掛かっている国家の決断が、「1手の読み」(瞬間湯沸かし器型反応)で行われることには反対です。北朝鮮が追いつめられていることは確実です。しかし、食い詰めた相手に対する経済制裁は、「武力による威嚇」以上に相手方を刺激するものであるとの認識は必要です。

多国間で合意して「制裁」を行おうとすると、これは正しく「ABCD包囲網」の再現になります。プロレスの国・アメリカなら、一発撃たせておいて大袈裟な悲鳴を上げ、国民を総動員して「ならず者」を懲らしめるという「演技」が可能です。これが日本でできるのかどうか。

北朝鮮から見て日本は、一番与しやすい「柔らかい下腹」であると認識すべきです。何日も食べていない相手に対して、下腹をせり出させながら「一切れもやらないよ」とからかいながら肉料理を頬張る態度は、武道家並の度胸が必要な話であることを自覚しておくべきです。

北朝鮮は崩壊する。その過程で我が国の被害を最小化する戦略の下で、政治的な決断が求められます。安倍晋三型「1手読み」の世界に誘引され、国民が多大な被害を蒙ることのないよう、慎重な配慮が求められます。


2006/7/5(水) 北朝鮮のミサイルと我が国の「動体視力」

未明から朝にかけて、北朝鮮の「弾道ミサイル」ないしは「飛翔体」数発が日本海に「落下」しました。現時点で、どのミサイルか(ミサイルでないのか)発表されておらず、発射された場所についても、予想されていた北朝鮮北部以外の地点からのものあるということです。テポドンかどうかも不明。

ミサイル発射数時間後にこの程度しか分からないということはどういうことなのでしょうか。発射地点、発射されたものの正体、着弾地点、何処を狙ったものか、失敗なのか成功なのか等々。これらの情報が瞬時に把握できる能力がないと、「専守防衛」すらできません。

5兆円近い防衛予算を計上しているはずです。真っ暗な墓場で何かが動いたので「キャーッ」と叫ぶのではなく、「幽霊」なのか「枯れすすき」なのかを冷静に把握しなければなりません。「5W1H」がはっきりしないと適切な対応は困難です。まず、防衛上の「動体視力」を向上させ、国民の安全に関する情報を的確に把握できる態勢を確立すべきです。

それとも、全て把握しながら情報を秘匿し、国民の攻撃感情、報復感情を醸成しようとしているのでしょうか? (08:41)


2006/7/4(火) 中田英寿に見る、発展型「引退」

中田英寿引退。昨日より報道が沸き返っています。それらを総合すると、従来の「引き算型の引退」ではなく、「発展型の引退」であると理解した方がよさそうです。

<(自分)−(サッカー)=○○>の図式の中で、自分自身の「残存価値」を見いだし、その「利息」で食っていくという、スポーツの名選手が考える引退パターンでないことは確かです。

中田型の引退とは、(サッカーのキャリア)+(新たなチャレンジ)=(新たなキャリア形成)という足し算型であり、ひょっとすると、掛け算型になるかもしれない選択だろうと思われます。

こういう日本人が出てきたことで、新たな時代の始まりが予感されます。企業・団体の「保護膜」抜きで世界に出ていける人材が、新たなキャリアを形成できれば、魅力的な人生モデルを提供することになります。

懸念すべきは、新聞の見出しに触発され、何の「自己資源」も持たない若者が、「自分探しの旅」に出ることです。中田の引退とは、これまでのキャリアで得た「資産」の運用を踏まえた上で、新たな資産形成に乗り出す企てであって、優良企業の異分野進出に類する話です。凡人がふらふら「旅」に出ても、「犬が棒に当たる」程度の話にしかならないと思います。


2006/7/3(月) 「相乗り」の死角

滋賀県知事選挙で番狂わせ。自民・民主・公明が推薦する現職が、社民支持の女性新人候補に敗れました。

自民・民主・公明が相乗りして敗れるというのは、「足し算的発想」ではあり得ない事態です。相乗りの現職が敗れる要因は、一般論として3つあります。(1)有権者が関心を持つ「争点」があること、(2)無党派の支持を得られる候補者の存在、(3)現職に対する潜在的な不満、です。

相乗り候補が出る場合には、通常、有力な対立候補は出られなくなります。しかし、「争点」となり得る政治的な課題があり、現職に対する不満が蓄積している場合には、しっかりした候補者を担いで頑張れば、大きな地殻変動が起きるということです。今回の滋賀県知事選挙では、新幹線の駅建設や大型事業への批判があり、「もったいない」のスローガンで県民の支持が広がったと思われます。

「相乗り」は気を付けないと、各政治勢力が依存し合って、総無責任体制ができあがります。組織の論理だけが幅を利かせ、肝腎な有権者を見失うと、思わぬ陥穽が待ちかまえているということです。


2006/7/2(日) ラブミー・テンダー

小泉総理の、文字通りの「外遊」が終わりました。「ラブミー・テンダー」とおどけて受けを狙っていましたが、大統領特別機搭乗を含めた特別扱いは、「滅私奉公」した「属国支配人」への「優秀従業員表彰」と見た方が真実に近いと思います。

ブッシュ・コイズミがどうであれ、これからの日米関係とは一応切り離して考えるべきです。「次期支配人」も「ラブミー・テンダー」路線を維持したとして、アメリカの次期政権が民主党になれば、「振り出し」です。

狂牛肉の輸入を手土産に渡米した無責任総理が帰国の途に付く頃、橋本龍太郎・元総理が死去。小泉純一郎に政治的に殺され、結果、肉体的にも蝕まれた晩年でした。

コイズミに「刺客」を送られた元自民党議員の皆さん。「ラブミー・テンダー」とポスト小泉に擦り寄るのではなく、真の国益を守るために、政治家としての「気骨」を見せてください。「死屍累々」の小泉政治に対抗する意地があるのなら。


2006/7/1(土) 2つの長野県

4年前の夏、長野県に視察に行く機会がありました。視察の前に長野県の地図を眺めてみると、県庁所在地の長野市が随分北に偏っていることに気付きました。長野市と同格の都市と思える松本市が県の中央に位置しており、広い長野をまとめるにはここに県庁を置いた方がいいと思ったので、視察地の方にそのことを質したところ、「実は、長野では大問題になる話なんですよ。」と言われ、驚きました。

かつて筑摩県という県が存在したことを、そのとき初めて知りました。現在の長野県と岐阜県にまたがる部分を領域とする県。信濃国の中信地方(東筑摩郡、南安曇郡、木曽郡、諏訪郡)と伊那地方と北安曇郡、そして飛騨国がその範囲でした。県庁は東筑摩郡の松本市。1871年、幾つかの県の合併により誕生したこの県は、1876年に分割され、信濃国部分が長野県に合併され、飛騨国部分が岐阜県に合併されて、その歴史を閉じました。

長野県に合併された後も、分割を目指す動きがあったようです。当時、分割されて誕生する県が幾つかある中で、分割されないまま、現在に至っています。全国的には、都府県の合併と分割の動きは1888年まで続きましたが、現在の長野県民の中には、旧長野県と筑摩県の合併が、全国唯一の府県合併であったと考えている人も少なくないと言います(フリー百科事典・ウィキペディア参照)。

4年前長野に行ったときは、長野県議会による知事不信任案可決、田中康夫知事失職という激動の中で、田中対反田中の戦いが始まろうとするところでした。地元の方と長野県政について意見交換をしたことが懐かしく思い出されます。今年の夏も長野は暑い。8月に知事選挙。遠くで眺めていると、いかにも県議会が時代遅れのような感じがします。今回、長野県政の事情は当時ほど全国に伝わりません。

長野は民主党が強いところであるという先入観がありましたが、どうもそれは国政レベルの話であって、県議会の民主党は自民党とあまり違わない存在のように見受けられます。ここでの民主党の混乱ぶりは、知事選相乗りをやめられない各地の民主党県連における混迷を象徴しているようでもあります。

現在進行形、政治における2つの長野。田中氏が勝つでしょう。地方政治レベルでの「民主化最前線の戦い」と位置付けてもいいだろうと思っています。


玉井彰の一言 2006年7月 四国の星ホーム一言目次前月翌月