山村暮鳥
「風は草木にささやいた」



  
 わすれられてゐるものについて


 
君達はひつ提げてゐる
てんで   て こ
各自に槓杆よりも立派な腕を
 
石つころをも砕く拳を
 
これはまたどうしたものだ
 
それで人間をとり返へさうとはしないのか
 
全くそれを忘れてゐる
 
そして馬鹿だと罵られてゐる
 
鉄のやうな腕と拳と
 か ね
金銭で売買のできない武器とは此のことだ
 
それは他人には何の役にも立たない各自のもので
 
君達に最初さういふ唯一の尊い武器をくだすつたのは神様だが
             たきぎ                                            わるもの
それをまるで薪木にもならないものだと嘲つて棄てさせようとした悪漢は誰だ
 
だが考へてみれば
 
馬鹿だと言はれる君達よりも
 
君達を馬鹿だといふ奴等の方がよつぽど馬鹿なんだ
 
いまに君達がひつ提げながらも忘れてゐるその腕と拳とをおもひだす時
 
其時、一人が千人万人になるんだ
     き や つ ら
其時彼奴等は地べたにへたばるんだ
 
まあいいさ
 
何もかも神様がごぞんじでいらつしやることだ
 
そうして其時、世界が息を吹返すんだ