山村暮鳥
「風は草木にささやいた」



  
  刈りとられる麦麦の詩


 
 ああ何といふ美しさだ
 
 此のうつくしさは生きてゐる!
 
 みろ
 
 麦畠はすつかりいろづき
               じやがいも
 ところどころの馬鈴薯と
 そらまめ
 蚕豆と葱と菜つぱと
 
 大きな大きなみはてのつかない此のうつくしさ
         き ん
 一めん黄金いろに麦は熟れ
 
 刈りとられるのをまつてゐるやうな此のしづかさ
 
 あちらこちらではじまつた麦刈り
 
 あちらこちらから冴えざえときこえる鎌の刃の音
      はし
 水の迸るやうな此の音のするどさ
                         すすりなき
 わたしの心は遠いところで歔欷をやめない
 
 彼女は何をしてゐることか
 
 わたしは彼女のことを思つてゐる
                                           つみかさ
 その上に此のひろぴろとした畑地の美しさを堆積ねるのだ
 
 片つ端から刈りとられる麦麦
 
 冴えざえと鋭くきこえる鎌の刃の音
 
 麦もわたしとその音をきいてゐるのか
 
 ゆたかに実のり
 
 ぐつたりと重い穂首を垂れた麦麦