伊東静雄「反響」
凝視と陶醉


    朝顏

 
 去年の夏、その頃住んでゐた、市中の一日中陽差の落ちて來な
         や         ひとくき
 いわが家の庭に、一莖の朝顏が生ひ出でたが、その花は、夕の
 
 來るまで凋むことを知らず咲きつづけて、私を悲しませた。
 

 
 そこと知られぬ吹上の
  しゆうや
 終夜せはしき聲ありて
 
 この明け方に見出でしは
 
 つひに覺めゐしわが夢の
 
 朝顏の花咲けるさま
 

 
 さあれみ空に眞晝過ぎ
 
 人の耳には消えにしを
                 まどはし
 かのふきあげの魅惑に
 
 わが時逝きて朝顏の
 
 なほ頼みゐる花のゆめ




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