閑吟集 小歌

 
  ひと    ぶね       こ                                          せんどうどの
 人買ひ舟は沖を漕ぐ とても売らるる身を ただ静かに漕げよ 船頭殿
(131)

大意……

人買い舟は、波の荒い沖を漕ぐ。
所詮、売られるこの身です。せめて、静かに漕いで下さい。船頭さん


 



 これはもう、安寿と厨子王の『山椒大夫』の世界でしょう。謡曲で言うと『三井寺』とか『隅田川』などが連想されます。

 「人買ひ舟」は、人買いが買い集めた女や子供を運ぶ舟です。『閑吟集』が編纂された時代は、半ば公然と、人が人によって売られていた時代でもありました。

 それでも、舟を波の穏やかな海岸沿いではなく、波の荒い沖の方へと漕いでいる様子なのは、見つかれば、多少なりとも官憲の追求があったからの事でしょうか。揺れる舟に苦しみながら、どうせ売られる身なのですから、かわいそうと思って静に漕いで下さいと、船頭に頼む心情が哀れを誘います。

 「とても」は「とてもかくても」の略です。いまさらどのようにしたとしても、売られることは変えられない。この歌からは、それを自分の運命として受け入れてしまった者の悲しみと諦めが、静かに染み入って来るように思われます。


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