北原白秋
 

「思ひ出」より

  
 金の入日に嬬子の黒




  きん         しゆす
 金の入日に嬬子の黒――
       もふく
 黒い喪服を身につけて、
 
 いとつつましうひとはゆく。
               ふるさと   け ふ
 海のあなたの故郷は今日も入日のさみしかろ。
 
 夏のゆく日の東京に
 うゐきやうさう              こな
 茴香艸の花つけて淡い粉ふるこのごろを、
        しな                   キング
 ほんに品よきかの国のわかい王もさみしかろ。
            うた   め
 心ままなる歌ひ女のエロル夫人もさみしかろ。
 

  きん
 金の入日に繻子の黒、──
       もふく
 黒い喪服を身につけて
 
 いとつつましうひとはゆく。
            よわがた
 九月の薄き弱肩にけふも入日のてりかへし、
  こな
 粉はこぼれてその胸にすこし黄色くにじみつれ。
 
 金の入日に嬬子の黒、
 
 かかるゆふべに立つは誰ぞ。



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