北原白秋
 

「思ひ出」より

  
 骨牌の女王の手に持てる花




        ク イ ン
 わかい女王の手に持てる
 
 黄なる小花ぞゆかしけれ。
                  しべ
 なにか知らねど、蕊赤きかの草花のかばいろは
  ア ル カ リ              うれひ  はな
 亜留加里をもて色変へし愁の華か、なぐさめか、
 
 ゆめの光に咲きいでて消ゆるつかれか、なつかしや。

                にんにく
 五月ついたち、大蒜の
 
 黄なる花咲くころなれば、
                            かけ
 忠臣蔵の着物きて紺の燕も翔るなり、
      らつぱ
 銀の喇叭に口あててオペラ役者も踊るなり。
        ひるげ
 されど昼餐のあかるさに
 オールドミス                と
 老 嬢の身の薄くナイフ執るこそさみしけれ。

      ク イ ン
 西の女王の手にもてる
 
 黄なる小花ぞゆかしけれ。
                       つ     み つ
 何時も哀しくつつましく摘みて凝視むるそのひとの
                                           あはれみ
 深き目つきに消ゆる日か、過ぎしその日か、憐憫か、
 
 老嬢の身の薄くひとりあるこそさみしけれ。



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