大手拓次
『藍色の蟇』

湿気の子馬

  
  足をみがく男


 
 わたしは足をみがく男である。
 
 誰のともしれない、しろいやはらかな足をみがいてゐる。
 
 そのなめらかな甲の手ざはりは、
 
 牡丹の花のやうにふつくりとしてゐる。
 
 わたしのみがく桃色のうつくしい足のゆびは、
 
 息のあるやうにうごいて、
 
 わたしのふるへる手は涙をながしてゐる。
 
 もう二度とかへらないわたしの思ひは、
 
 ひばりのごとく、自由に自由にうたつてゐる。
 
 わたしの生の祈りのともしびとなつてもえる見知らぬ足、
 
 さわやかな風のなかに、いつまでもそのままにうごいてをれ。