大手拓次
『藍色の蟇』

香料の顔寄せ

  
  香料のをどり


 
 木立をめぐる鬼面の闇、
  ふ ぐ
 河豚のやうなうめきをそよりたてて、
 
 ものしづかにのぼる新月、
  す
 饐えたるものかげは草のやうに生ひたち、
 
 ふりみだす髪、
 
 かきならす髪、
 
 よろこびにおどろく髪、
 
 野生の馬のやうに香気ある肢体をながして
 
 うつりゆく影のすがたは、
 
 いよいよふくらみ形をこめてつぶやく。
 
 香料の宝石、
 
 香料の寝間、
 
 地のうへをはふ秘密の息のやうに、
 
 あでやかにをどりながら、
 
 墓石に巣くふ小鳥のかげをひらめかす。