知里幸惠編訳−「アイヌ神謡集」より



Chironnup yaieyukar,  
狐が自ら歌った謡
"Haikunterke Haikoshitemturi."  
「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」
 
Haikunterke Haikoshitemturi  
ハイクンテレケ ハイコシテムトリ
Moshiresani kamuiesani tapkashike  
国の岬,神の岬の上に
chiehorari okayash.  
私は坐して居りました.
Shineanto ta soita soineash inkarash awa,  
ある日に外へ出て見ますと
pirka neto netokurkashi teshnatara, atuisho kata      な
海は凪ぎてひろびろとしていて,海の上に
Okikirmui Shupunramka Samayunkur  
オキキリムイとシュプンラムカとサマユンクルが
repa kushu resoush wa paye korokai. Shirki chiki  
海猟に三人乗りで出かけています,それを見た私は
chikor wenpuri unkosankosan.  
私の持ってる悪い心がむらむらと出て来ました.
Tapanesannot moshiresani kamui esani  
この岬,国の岬,神の岬
tapkashike too heperai too hepashi  
の上をずーっと上へずーっと下へ
koshneterke chikoikkeukan matunitara  
軽い足取りで腰やわらかにかけ出しました.
nitnepause(1) pausenitkan chikekkekekke  
重い調子で木片をポキリボキリと折る様にパーウ,パウと叫び
tapan petetok chinukannukar shirwen nitnei  
この川の水源をにらみにらみ暴風の魔を
chihotuyekar, neikorachi tapan petpo  
呼びました.すると,それにつれてこの川の
petetokwano yupkerera shupne rera  
水源から烈しい風,つむじ風が
chisanasanke atuika oshma hontomota  
吹き出して海にはいると直ぐに
tapan atui kannaatui chipoknare  
この海は,上の海が下になり
poknaatui chikannare. Okikimui utarorke  
下の海が上になりました.オキキリムイたち
kon repachip repunkuratui yaunkuratui  
の漁舟は沖の人の海と,陸の人の海との
uweushi ta anisapushkap kaiuturu  
出会ったところ(海の中藤)に,非常な急変に会って波の間を
koshikarimpa. Tapan ruyanpe nupuri shinne  
クルリと廻りました.大きな浪が山の様に
chip kurkashi kotososatki. Shirki chiki  
舟の上へかぶさり寄ります.すると,
Okikirmui Samayunkur Shupunramka  
オキキリムイ,サマユンクル,シュプンラムカは
humse tura chipokonanpe kohokushhokush.  
声をふるって,舟を漕ぎました.
Tapan ponchip korrham turse shikopayar  
この小さい舟は落葉の飛ぷ様に吹き飛ばされ
chikipokaiki upsh anke shirki korka  
今にもくつがえりそうになるけれども
ineapkushu ainupitoutar okirashnu wa  
感心にも人間たちは力強くて
shirki nankora tapan ponchip rera tumta  
この小舟は風の中に
kampekurka echararse.  
波の上をすべります.
Chinukat chiki chikor wenpuri unkosankosan.  
それを見ると私の持っている悪い心がむらむらと出て来ました.
Koshneterke chikoikkeukan matunitara,  
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり,
nitnepause pausenitkan Chikekkekekke  
重い調子で木片がポキリボキリと折れる様にパウ,パウと叫び
shirwen nitnei sermaka chiush chikoarikiki.  
暴風の魔を声援するのみに精を出しました.
Shirki aine hunakpaketa Samayunkur  
そうしてる中に,やっと,サマユンクルが
tektuika wa tektuipok wa kem chararse  
手の上から,手の下から血が流れて
shinkiekot.  
疲れてたおれました.
Shirki chiki rauki mina chiuweshuye.  
そのさまを見て私はひそかに笑いを浮べました.
Orowanoshui arikikiash  
それからまた,精を出して
koshneterke chikoikkeukan matunitara,  
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり
nitnepause pausenitkan chikekkekekke,  
重い調子で木片をポキリボキリと折る様に叫び
shirwen nitnei sermaka chiush.  
暴風の魔を声援しました.
Okikirmui Shupunramka etunne kane  
オキキリムイとシュプンラムカと二人で
ukoorshutke tumashnu assap pekotopo pekoreupa  
励まし合いながら勇ましく舟を漕いで
ikichi aine hunakpaketa Shupunramka  
居りましたが,と,ある時シュプンラムカは
tektuika wa tektuipok wa kem chararse  
手の上から手の下から血が流れて
shinkiekot. Shirki chiki  
疲れてたおれてしまいました,それを見て
raukimina chiuweshuye.  
ひそかに私は笑いました.
Orowanoshui koshne terke chikoikkeukan  
それからまた軽い足取りで腰やわらかに
matunitara, nitne pause, pausenitkan  
飛びまわり重い調子でかたい木片を
chikekkekekke chikoarikiki.  
ポキリボキリと折る様に叫び精を出しました.
Kipnekorka Okikirmui shinki ruwe oararisam,  
けれど,オキキリムイは疲れた様子は少しも無い.
earkaparpe eitumamor noye kane  
一枚の薄物を体にまとい,
chipokonanpe kohokushhokush, iki aineno  
舟を漕いでいます,そのうちに
tektuipok ta kor kanchi chioarkaye.  
手の下でその持っていた楫が折れてしまいました.
Shirki chiki, shinkiekot Samayunkur  
すると,疲れ死んだサマユンクルに
kotetterke kor kanchi eshikari shinen ne kane  
躍りかかりその持っている楫をもぎとってたった一人で
chipokonanpe kohokushhokush.  
舟を漕ぎました.
chinukatchiki, chikor wenpuri unkosankosan,  
私はそれを見ると,持前の悪い心がむらむらと出て来ました.
nitnepause pausenitkan chikekkekekke,  
重い調子でかたい木片をポキリボキリと折る様に叫び
koshneterke chikoikkeukan matunitara,  
軽い足取りで腰やわらかにかけまわり
arikikiash shirwen nitnei sermaka chiush.  
精を出して暴風の魔に声援しました.
Ki aineno Samayunkur kor kanchi nakka  
そうしてるうちにサマユンクルの舵も
chioarkaye, Okikirmui Shupunramka  
折れてしまいました.オキキリネイはシュプンラムカに
kotetterke, kor kanchi eshikari,  
躍りかかりその楫をとって
tumashnu assap pekotopo pekorewe.  
勇ましく舟を漕ぎました.
Kipne korka nea kanchi ka ruyanpe kaye,  
けれども彼の楫も波に折られてしまいました.
tata otta Okikirmui chiposhketa  
そこで,オキキリムイは舟の中に
chiashtushtekka, yupke rera rera tumta  
立ちつくして,烈しい風のうちに
sennekashui ainupito unnukar kuni  
まさか人間の彼が私を見つけようとは
chiramu awa moshiresani kamuiesani  
思わなかったに,国の岬,神の岬の
tapkashikun chishiknoshkike enitomomo,  
上の,私の眼の央を見つめました.
ipor kon ruwe pirka rokpe kor wenpuri  
今までやさしかった顔に怒りの色を
enantui ka eparsere, pushtotta(2) oro oiki kane  
あらわして,鞄をいじっていたが
hemanta sanke inkarash awa noyaponku                          よもぎ
中から出したものを見ると,蓬の小弓と
noyaponai sanasanke.  
蓬の小矢を取り出しました.
Shirki chiki raukimina chiuweshuye,  
それを見てひそかに私は笑いました.
"Ainupito nep ki ko ashtoma heki,  
「人間なぞ何をしたって,恐い事があるものか,
ene okai noyaponai(3) nep aekarpe taana."  
あんな蓬の小矢は何に使うものだろう.」
yainuash kane tapan esannot  
と思ってこの岬
moshiresani kamuiesani tapkashike  
国の岬,神の岬の上を
too heperai too hepashi koshneterke  
ずーっと上へずーっと下へ軽い足取りで
chikoikkeukan matunitara, nitnepause  
腰やわらかにかけまわり,重い調子で
pausenitkan chikekkekekke.  
かたい木片をポキリボキリと折る様にパウ,パウと叫び
shirwen nitnei chikopuntek.  
暴風の魔をほめたたえました.
Rapoketa Okikirmui eak ponai ek aine  
その中にオキキリムイの射放した矢が飛んで来ましたが
chiokshutuhu kororkosanu.             えりくび
ちょうど私の襟首のところへ突きささりました.
Pateknetek nekonneya chieramishkare.  
それっきりあとどうなったか解らなくなってしまいました.
Hunakpaketa yaishikarunash inkarash awa  
ふと気がついて見ると
pirka shirpirka chishireanu, atuiso kashi  
大そう好いお天気で,海の上は
teshnatara, Okikirmui kon repachip oararisam.  
広々として,オキキリムイの漁舟もなにもありません.
Nekonne humi ne nankora, chikankitaye wano  
どうした事か私は頭のさきから
chipokishirke pakno tatkararse shikopayar.  
足のさきまで雁皮が燃え縮む様に痛みます.
Sennekashui ainupito eak ponai ene uniyuninka kuni  
まさか人間の射た小さい矢がこんなに私を苦しめ
chiramuai orowano hochikachikaash,  
ようとは思わなかったのに,それから手足をもがき苦しみ
tapan esannot moshiresani kamuiesani  
この岬,国の岬,神の岬
tapkashike too heperai too hepashi rayayaiseash kor  
の上を,ずーっと上へ,ずーっと下へ泣き叫びながら
raiyepashash, tokap hene kunne hene shiknuash ranke  
もがき苦しみ,昼でも夜でも生きたり
raiash ranke ki aineno nekonneya  
死んだり,している中に,どうしたか
chieramishkare.  
わからなくなりました.
Hunakpaketa yaishikarunash inkarash awa,  
ふと気がついて見ると,
poro shitunpe ashurpeutut ta okayash kane okayash.  
大きな黒狐の耳と耳との間に私は居りました.
Tutko pakno shiran awa Okikirmui kamuishiri ne  
二日はどたった時,オキキリムイが神様の様な様子で
arki wa sancha otta mina kane ene itaki:――  
やって来て,ニコニコ笑って言うことには,
"lramashire moshiresani kamuiesani  
「まあ見ばのよい事,国の岬,神の岬
tapkashike epunkine shitunpe kamui,  
の上を見守る黒狐の神様は,
pirkapuri kamuipuri kor akushu  
善い心,神の心を持っていたから
rai neyakka katupirkano ki ruwe okai."  
死にざまの見ばのよい死方をしたのですね.」
itak kane, chisapaha ulna wa,  
言いながら私の頭を取って,
unchisehe ta ampa wa, chikannanotkewe  
自分の豪へ持って行き私の上顎の骨を
yaikota(4) kor ashinruikkeu ne kar, chipoknanotkewe  
自分の便所のどだいとし,私の下顎を
machhi kor ashinruikkeu ne kar wa,  
その妻の便所の礎として,
chinetopake anak neeno toikomunin wa isam.  
私のからだはそのまま土と共に腐ってしまいました.
Orowano kunne hene tokap hene  
それから夜でも昼でも
shihurakowenash ki aineno toirai wen rai  
悪い臭気に苦しんでいる中に私はつまらない死方,悪い
chiki.  
死方をしました.
Pashtakamui chime ruwe ka somone akorka,  
ただの身分の軽い神でもなかったのですが
arwenpuri chikora kushu nepneushi ka  
大変な悪い心を私は持っていた為なんにも
chierampeutek wenrai chiki shiri tapanna.  
ならない,悪い死方を私はしたのですから
Tewano okai chironnuputar, itekki  
これからの狐たちよ,決して
wenpuri kor yan.  
悪い心を持ちなさるな.
  ri chironnup kamui yaieyukar.  
  と狐の神様が物語りました.
 

(1)  pau.狐の鳴き声の擬声詞.(

(2)  pusbtotta……鞄の様な形のもので,海猟に出かける時に火道具,薬頬,その他細々の必要品を入れて持ってゆくもの.同じ用途のものでpiucbiop,karopなどがありますが,蒲《がま》,アツシ織などで作りますから,陸で使用します.pusbtottaは熊の皮,あざらしの皮,その他の毛皮で製しますから水がとおらないので,海へ持って行くのです. (

(3)  noyaai……蓬の矢.蓬はアイヌの尊ぷ草です.蓬の矢で打たれると,浮ぷ事が出来ないから悪魔の最も恐れるものだと云うので,遠出するとき必要品の一つに数えられます.(

(4)  もとは男の便所と女の便所は別になっていました.asbinru も eosirleru も同じく便所の事.狐の中で黒狐は最も尊いものだとしています.海の中に突き出ている 岬は大概黒狐の所領で,黒狐はよっぽどの大へんがなければ,人に声をきかせないと申します.Okikurumi(Okikirmui)とSamayuIlkur とShupunramkaとはいとこ同士で,Shuounramkaは一ばん年上でOkikirmuiは一ばん年下だと云います.Shupunramkaは温和な人で内気ですからなにも謡がありませんが,Samayunkurは短気で,智恵が浅く,あわて者で,根性が悪い弱虫で,Okikirmuiは神の様に智恵があり,情深く,勇気のあるえらい人だと云うので,その物語りは無限というほど沢山あります.(


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