寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 第一相互館の屋上で夜の銀座をながめていたら、突然停電で屋上
 
はまっ闇になり、同時に銀座の両側の街燈も消えたが、街壁を飾る
 
ネオンサインはみんな平気でともっていた。しばらくして、街燈が
 
一度にともったが、自分らのいる屋上はまだまっ暗であった。そう
 
して楼下の町でまずばっと明るさが増して、しばらくしてからやつ
                           ちゅうぶう
と屋上が点燈した。人間の中風のメカニズムを想い出すのであった。


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