寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 昭和九年の十一月中旬には東京の丸の内のところどころの柳が青
                                         いちょう
青として風になびいていた。その一方で銀杏はもうすっかりその黄
 
葉をふるい落としているのであつた。
 
 十月には武蔵野のどこかで桜が返り咲きに満開したそうである。
 
十一月二十五日になってもまだ庭のカンナが咲き続けていた。
 
 植物でも季節の変調にだまされやすいのとそうでないのとあるら
 
しい。


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