寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




                                                      ごうしゅう
 昭和九年の秋英人スコットの乗った飛行機が英国と豪州メルボル
 
ンとの間をたった七十一時間で飛び渡った。
 
 その目ざましい戌効の報知がわが国に伝わった晩にちょうど日本
 
の東京のJOAKで文士の航空に関する座談会というのが放送され
 
た。それは先日新聞社の催しで数名の知名の文士を北半日本のリレ
         とうじょう
ー飛行に搭乗させた、そのときの感想を話し合わさ
 
せるという趣向なのである。
                                                                かた
 いずれも生まれて初めて飛行機に乗って珍しく感じたことを談り
 
合ってそれを全国の聴取者に聞かせるのである。
 
 世界地図をあけてスコットの飛んだ距離と、これらの日本の文士
 
の一人ずつが飛んだ距離とを比べてみたときに、なんとなく多少の
 
皮肉な感じを起こさないわけには行かなかった。


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