寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
 血液の化学成分は驚くべき精密さをもって恒同に保たれている。
 
ちょっと労働でもして血液中の水素イオン濃度がわずかに一億分の
                           せわ
一だけ増すとすぐに呼吸が忙しくばって血液中の炭酸ガス
 せんじょう
を洗滌させる。
 
 人間のしゃかいもこのくらい有機的になって、全系統の整理に有
                     く ちく     き こう
害なものを自動的に駆逐する機巧が具わっているといいと思う。
 
 現在でもある程度まではすでにそうなっているかもしれない。し
 
かしこの調節作用を阻害するような病気があまりに多く、それに対
 
する抵抗力があまりに弱いのではないかと思われる。


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