寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




                                                はちこう
 省線電車渋谷駅の人気者であった「忠犬」の八公が死んだ。生前
           こんりゅう                           たむけ
から駅前に建立されていたこの犬の銅像は手向の花環に埋もれてい
 
た。
 
 たかが犬一匹にこのお祭り騒ぎはにがにがしい事だと言ってむさ
 
になって腹を立てる人もあった。
 
 しかし、これがにがにがしければすべての「宗教」はやはりにが
 
にがしく腹立たしいものでなけらばならない。
 
 ある日上野の科学博物館裏を通ったら、隣の帝国学士院の裏庭で
 
大きな白犬の写真を撮っていた。犬がちっとも動かないでいつまで
 
もじっとしておとなしくカメラのほうを見つめている、と思ったら、
 
そばに立っていた人がひょいとその胴をかかえて持ち上げ、二、三
                                       はくせい
歩前のほうへ位置を変えたのでそれが剥製だとわかった。写真師の
 
そばに中年の婦人が一人立っていた。片手を頬にあてたままじっと
 
犬のほうを見ていた。
 
 翌朝新聞を見るとこの犬の写真が出ていた。やはりそれが八公で
 
あったのである。
 
 この剥製の写真を撮っている光景を見たときにはやはり自分の胸
 
の中にしまい忘れてあった「宗教」がちょっと顔を出した。


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