寺田寅彦『柿の種』
短章 その一




 
  木  蓮

  はくもくれん
 白木蓮は花が咲いてしまってから葉が出る。その若葉のではじめ
 
には実にあざやかに明るい浅緑色をしている。それが合掌したよう
 
な形で中点に向かって延びて行く。ちょうど緑の焔をあげて燃ゆる
 こ ろうそく  とも
小蝋燭を点しつらねたようにも見える。
   しもくれん
 紫木蓮は若葉のにぎやかなイルミネーションの中
                                                              わ
からはでな花を咲かせる。濃い暗いやや冷たい紫のつぼみが破れ開
                                    かげろう
いて、中からほんのり暖かい薄紫の陽炎が燃え出る。そうして花の
 
散り終わるまでにはもう大きな葉がいっぱい密集してしまう。
         そめい よしの
 桜でも染井吉野のように花が咲いてしまってから葉の出るような
                                ぼたんさくら
種類が開花のさきがけをして、牡丹桜のような葉といっしょに花を
 
持つようなのが、少しおくれて咲くところを見ると、これは何か共
 
通な植物生理的な理由があるらしい。
 
 人間でもなんだか、これに似た二種類があるような気がするが、
 
何が「花」で何が「葉」だかが自分にはまだはっきりわからない。


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