寺田寅彦『柿の種』
短章 その一



 
  講演の口調

                            かんり
 ラジオなどで開くえらい官吏などの講演の口調は一般に妙に親し
 
みのないしかつめらしい切り口上が多くてその内容も一応は立派で
 
あるがどうも聴衆の胸にいきなり飛び込んで来るようなものが少な
 
い。
 
 ある会議の席上である長官がある報告をするのを聞いていたとき、
 
ふと前述の講演のタイプを想い出した。
 
 長官はその属僚の調べ上げてこしらえた報告書を自分のものにし
 
て報告しなければならない。それで文句はわかってもその内容は実
 
はあんまり身にしみていないらしいので、それでああいう口調と態
 
度とが自然に生まれるのではないかという気がした。
 
 これに反して、文士でも芸術家ないし芸人でも何か一つ腹に覚え
                    のうべん
のある人の講演には訥弁雄弁の別なしに聞いていて何かしら親しみ
 
を感じ、底のほうに何かしら生きて働いているものを感じるから妙
 
なものである。
 
 学者の講演でもやっぱり同じようなことがあるようである。
 
 空腹はなかなか隠せないものらしい。


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