寺田寅彦『柿の種』
短章 その一



 
 腰の屈伸の不自由な病気にかかった。寝ているか、立っているの
 
はいいがすわったり腰かけたりしているのがどうもぐあいが悪い。
                            い す
特に腰を低く下ろすような椅子がいけない。
 
 珍しい秋晴れの日に縁側へ出て庭をながめながら物を考えたりす
 
るのにぐあいのいいような腰の高い椅子があるといいと思う。しか
                                とう い す
し近ごろは昔あったような高い藤椅子はもうめったに見当たらない。
                         へんぺい
みんな安楽椅子のような扁平なのばかりである。
 
 これはやはり「流行」の現象であろうと思われる。しかし扁平な
 
低い椅子がはやるという現象には何かしらその背後にある時代的な、
 
心理の反映が見られる。


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