寺田寅彦『柿の種』
短章 その一



 
 明治時代の青年における「星」「すみれ」の流行と近代ボーイに
 
おけるマルキシズムのそれとはその原動力となる情熱の感傷的な点
 
ではほとんど大差ないものの上うな気がする。ただ理論で裏づけら
 
れたヒステリック感傷は治療がいっそうめんどうなようである。
 
 イタリアとエチオピアとの葛藤が永びいて、ほとんど毎日のよう
 
にムッソリーニの顔が新開に出る。毎日見ているとその顔がだんだ
 
んにナポレオンの顔に似てくる。実際どこかよく似ているのである。
 
 伊軍の飛行機を輸送船に積み込むというので翼を取りはずした機
     ふとう
体を埠頭に並べてある光景の写真が新聞に出ていた。その機体の形
  いなご
が蝗そっくりである。見れば見るほどよく似てくる。
 
 黙示録のいなごが現世に現われたのである。
 
 形の似たものにはやはり性能にもどこか似たところがあるようで
 
ある。


前へ 次へ
[寺田寅彦] [文車目次]