寺田寅彦『柿の種』
短章 その一



 
 エチオピア事件でほとんど毎日毎夕の新聞に伊国首相やエ国皇帝、
 
それから国際聯盟の英仏代表イーデン、ラバールの肖像が出る。
 
 日本の内閣に何か重大な事件でもあると岡田首相や陸相海相の顔
 
が毎日のように新聞の紙面の相当な面積を占めて出現する。
 
 ちょっとわれわれには了解のできにくい現象である。新聞の読者
 
というものは恐ろしく健忘性なものであると仮定するか、あるいは
                                                              は つ か
また新聞購読者の大多数は、ほんの気まぐれに、十日に一度二十日
 
に一度ぐらいのその日の新聞を買って見るだけである、ということ
 
でも前提に置いて考えてみなければ全くわけのわからない「煩雑」
 
であり「浪費」である。
 
 もっともこうしないと「その日その日主義」とも訳されるジャー
 
ナリズムの「気分」が出ないのかもしれない。


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