寺田寅彦『柿の種』
短章 その一



                           せいかんれんらくせん
 ある若い男の話である、青函連絡船のデッキの上で、飛びかわす
うみねこ
海猫の群れを見ていたら、その内の一羽が空中を飛行しながら片方
 
の足でちょいちょいと頭の耳のへんを掻いていたというのである。
 
どうも信じられない話だがといってみたが、とにかく掻いていたの
 
だからしかたがないという。
 
 この話をその後いろいろの人に話してみたが、大概の人はこれを
 
開いて快い微笑をもらすょうである。
 
 なぜだかわからない。
 
(昭和十年十月十四日)


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