寺田寅彦『柿の種』
短章 その一



 
 人体生理学や組織学の教科書の中に載せてあるいろいろな顕微鏡
 
写真の標本には、しばしば死刑囚の身体のいろいろな部分から取っ
 
たものがある。
 
 この点だけから見ると、一生何一つ世間のために貢献することな
 
しに終わる紳士淑女たちよりも、こういう死刑囚のほうがはるかに
                                     のこ
大きな功績を世界人類の知識の上に遺したことになるともいわれる
 
のである。
 
(昭和十年十月十四日)


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