玉井彰の一言 2007年3月 四国の星ホーム一言目次前月翌月

2007/3/31(土) 再現ビデオで無実を主張・・・植草一秀氏

植草氏が法廷で、再現ビデオを上映して無実を主張しています。詳しくは、「植草一秀氏を応援するブログ」に書かれています。(このブログのURLを載せようとすると、何故か、「記事に登録できない文字列が含まれています」との表示が出てアップロード不能になるので、掲載を断念しました。)

毎日新聞にも記事があります。

【痴漢:再現ビデオを上映、植草被告が無罪主張−−東京地裁公判】(29日、毎日) 
電車内で女子高校生に痴漢行為をしたとして東京都迷惑防止条例違反に問われた元大学院教授、植草一秀被告(46)は28日、東京地裁(神坂尚裁判長)公判で初の被告人質問に臨み、改めて無罪を主張した。弁護側は、当時の様子を再現したビデオを法廷で上映。「真犯人」が女性の体を触った後に素早く移動する内容で、植草被告以外の人物でも痴漢行為ができると指摘した。植草被告は、当時左手に傘を持ち、右手でつり革をつかんだ状態で酒に酔って寝ていたと主張。一方、取り押さえた男性も証人出廷し「植草被告と女性の間は50センチくらいしかなく、ほかに(痴漢行為が可能な人は)いなかった」と証言した。


【コメント】
植草一秀氏に関する「痴漢事件」については、大本営発表=警察発表は詳しく報じられますが、植草氏の側の反論については情報があまりありませんでした。

私がかねてより気にしていた「逮捕者」が、やっと法廷で証言しました。「犯行」を目撃しての「逮捕」ではありません。ほかに実行可能な人がいなかったという主張のようですが、再現ビデオはこの点を否定する内容になっています。

ここまでやっても、無罪を勝ち取れるかどうかが分からないところに、痴漢(冤罪)事件の困難さがあります。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が、痴漢事件においては否定されています。疑いのないような無実の証明が被告人側に求められています。刑事手続きの「流れ作業」に乗らない被疑者・被告人は、徹底的に痛めつけられます。

マスメディアの報道も、「大本営発表」主体であり、被告人の主張は黙殺されるか、「あんなことを言っている」という程度の軽い扱いになります。

独自取材を「自粛」しているのではないかとの疑念もあります。今回の事件の逮捕者について、通常のワイドショー報道なら、レポーターが必死で追いかけ、モザイクを掛けてでもインタビューの様子を放送するはずです。視聴率が取れそうに思えるのですが、捏造してでも視聴率競争に勝とうとするマスコミが、敢えてそれをしないことの裏に何があるのか、それを知りたいと思います。

《独言》
2日前に掲載する予定でしたが、何度試みてもYAHOO!プログにアップロードできず、文章を何度も変更しました。あれを削りこれを削りしても駄目。「植草一秀氏を応援するブログ」のURLを削ることで、やっとアップロードができました。結果、おかしな文章になったので、掲載後何度も修正しています。

(参照)
2006/9/16【「現行犯」とは・・・植草一秀教授逮捕を考える】 
2006/9/17【99.99%:0.01%・・・「植草一秀教授現行犯逮捕」を考える】 
2006/11/10【植草一秀氏「現行犯逮捕」から2ヶ月近く】 
2006/12/10【東京新聞・「特報」が指摘する痴漢冤罪の恐怖・・植草一秀氏の事件を考える


2007/3/30(金) 弁護士過剰時代・・弁護士が労働者を組織する時代が来る

司法試験の合格者が増え、弁護士過剰時代がやってきます。そうなると、これまで殿様商売であった弁護士業も世知辛いものになり、様々な分野に活路を見いださざるを得ない状況に追い込まれます。

そこで視野にはいるのが、労働者の様々なニーズに対応する業務です。従来、労働者の主要テーマは労使間の権利義務関係でした。労働者は労働組合をつくり、組織として団結して、自己の権利を守るという仕組みになっていました。しかし社会生活が複雑化し、労働の分野だけでなく生活全般に渡り、自分だけでは解決が困難な領域が増えてきています。

そうなると、トータルな生活ないし人生に関する紛争処理、権利義務関係の適正化、ひいてはアドバイス機能を持ったサービスの提供が求められます。そうしたニーズに対応す業務に弁護士が進出することは、何ら不思議なことではありません。

1000人の労働者が月3000円の会費で運営される団体に加入し、労使関係の調整を含む様々なサービスを受けるとした場合、300万円の月会費で団体が運営されることになります。弁護士業務の傍ら、数名の弁護士がサービスの提供を請け負えば、それなりの収入になります。会費と加入者数によっては、高度なサービスまで提供できることにもなります。

ITを駆使すれば、十分可能だと思います。80%の労働者が労働組合から置き去りにされているのですから、ニーズはあると思います。労働組合最大のライバルは弁護士事務所という時代が来るかもしれません。


2007/3/29(木) 観光バスの安全性

先月大阪で27人が死傷した観光バスの事故は、運転手の過労による居眠り運転が原因でした。この事故で、観光バスに乗務している運転手の過酷な労働実態が明らかになっています。

格安ツアーを請け負うため、バス会社において徹底的な経費の削減が行われていることが、過酷な長時間労働につながっています。

規制緩和の影響で新規参入が増加し、熾烈な競争が繰り広げられています。利用者の側から見ると、安くなって大いに結構な話のようですが、その背後で安全という一番大切なものが犠牲にされている現実を直視すべきです。

観光会社のツアー情報の中に、運転手の労働時間と休憩時間が銘記されるべきだと思います。安全に関する情報の提供は必須要件です。


2007/3/28(水) 「無責任男」の死・・・さて、平成の無責任男は

昭和の無責任男・植木等、死去。

高度成長期、日曜日の夕方は、ザ・ピーナッツの「シャボン玉ホリデー」を見て、「お呼びでない。こりゃまた、失礼いたしました。」のコントを楽しむのが、多くの日本人の習慣でした。

そして、映画の「無責任男」シリーズ。シャボン玉ホリデーのコントや「無責任男」で、サラリーマンとはこういうものかというイメージが形成され、社長の下に部長、課長、係長などがあるという基礎知識が埋め込まれました。高度成長期のエネルギーを体現した、明るさ満開の「無責任男」でした。

さて、平成の無責任男は。5年半の首相在任中に、地方はボロボロにされてしまいました。また、「希望格差」という言葉が流行したように、人生の最初から「ゲームセット」という絶望感が生まれる社会が出来上がりました。

あの男・小泉純一郎の後継者の政治も無責任です。「ナントカ還元水」の松岡農水相をかばい、お友達を無原則に復党させるという、辻褄の全く合わない政治がまかり通ろうとしています。暗い平成の無責任政治とは、早く訣別したいものです。

明るい昭和の無責任男に合掌。


2007/3/27(火) 投票に行ったら、スタンプが欲しい・・そして、小中高校生にも疑似選挙権を!

統一地方選挙。選挙管理委員会が投票を呼びかける様々なキャンペーンを行います。低当票率は民主主義を内部から破壊します。投票率の向上を図る作業は、民主主義を守るために是非とも必要です。

投票を義務化する提案もあります。しかし、棄権する自由も認めるべきだと思います。義務化よりも、投票に行くことがより魅力的になるようにすべきです。

ひとつのアイデア。投票に行けば、スタンプを押してもらえる。あるいは、証明書を発行してもらえることにします。それを持ってお買い物に行けば、割引サービスがある。これは、商店街や百貨店、ショッピングセンターの企画の問題になります。

選挙を、民主主義を守るイベントとして、景気刺激の武器にするという発想をしてみたいものです。タクシーを含む交通機関も、スタンプや証明書で割引サービス。面白いと思います。

ついでに、投票の習慣を小さい頃からつけるために、小中高校生(18歳未満の勤労者、無業者を含む)にも疑似選挙権を与え、それぞれの学年に与えられたテーマに対して回答してもらいます。これは、マークシート方式で。「設問」は文部省。「開票作業」は教育委員会が担当。家族ぐるみで選挙を楽しめばいいのです。そして、18歳になったら、選挙権を与える。

もっともっとアイデアを出せば、投票率の向上は可能だと思います。都市部での異常な抵当票率は、自治の危険信号です。選挙を地域活性化のイベントにしながら、自治を再構築したいものだと思います。

当然ながら、「選挙買収による地域経済の活性化」という、田舎選挙のスタイルは御免蒙りたい。


2007/3/26(月) 連合愛媛の驕(おご)り・・・県議選への対応

このところ、愛媛新聞では県議会議員選挙の特集を組んでいます。昨日の記事で、連合愛媛の驕り体質が浮き彫りになっていました。

連合愛媛は県議選で、民主党の新人候補の1人を推薦しませんでした。現職の1人も地域組織の推薦が得られていません。これに対して、社民党は候補者全員を推薦。連合愛媛の政治方針である「民主党機軸」とは矛盾します。

《「普段のつながりがないのに、選挙のときだけ応援することはできない」。連合地域組織の幹部は、民主系候補の日常活動の物足りなさを指摘した。》と、記事にあります。

新聞社としては、情報源である連合愛媛を批判することは難しく、いきおい、連合愛媛の主張をそのまま記事にします。それに対し、民主党県連は連合愛媛に気兼ねをするというか、頭が上がらないので、連合批判は封印されています。

そうした背景があり、新聞を読むだけでは、真相が理解できません。労組の推薦があると、「労組系議員も無所属ではなく民主党公認で」という連合本部の意向もなんのその、無所属でも簡単に推薦する連合愛媛が、民主党県連で常任幹事の職責を果たす公認候補には難癖を付けます。これを「驕り」という言葉以外で表現することは困難です。

私の経験でも、日常活動をせず、労組廻りだけを仕事にしていた候補者に対する連合愛媛の評価は抜群でした。候補者としての本当の日常活動が連合愛媛に見えているようでは、候補者としては二流です。地を這っていれば、見えないはずです。私に言わせれば、連合愛媛の推薦がないのは、政治家として自立性が高い証拠です(逆は真ならずですが)。

連合愛媛(および地域組織)は、候補者が気に入らないから推薦しない。ただそれだけです。気に入られるかどうかの基準は、連合愛媛や地域組織に従順であるかどうかです。

愛媛県での組織率15.8%の労働組合。その一部を組織するにとどまる連合愛媛が、自省することなく、驕り高ぶっているという状況。ここに、自民党王国における弱体野党の本質的な問題の一端が示されています。

民主党が弱い地域というのは、弱いなりの理由があります。その1つ。民主党県連の上に君臨する連合愛媛の驕りと退廃。

(参照)
3月3日:【民主党を考える(1)・・(民主党)地方議員はつらいよ】

【特集】民主党愛媛県連と連合愛媛の問題
1月25日:【問題あり、民主党・・・民主党愛媛県連と連合愛媛との関係は異常である】
1月26日:【「泥船」ではいけない・・・民主愛媛県連代表問題】
1月27日:【私が見た連合愛媛・・「業者」と見下す感覚に疑問】
1月28日:【私が見た連合愛媛(2)・・・選挙結果を客観的に分析できない幹部】


2007/3/25(日) 愛媛に春を呼ぶお祭り、第19回女性の祭典・五色姫復活祭

伊予市の春祭り。愛媛の春は五色姫復活祭から。

今年は2月に春が来て、3月に冬への後戻りがあったという印象です。ともあれ、これからが春本番。

例年、主催者側として、当日の天候が気になります。昨日強風が吹き荒れましたが、今日はなんとかなるかな、というところです。昨年は、五色姫パレードに入ったところで雨が降りはじめ、ガックリ。

平家の五人のお姫様。その悲劇のストーリーと、復活のストーリーとを併せ、女性が主役のイベントとして、平成元年から伊予市のまちづくりイベントとして開催されています。
数百人の方々がイベントに参加する、市民参加型・まちづくりイベント。

責任者の一人として、ここ十数年関わり合っています。


2007/3/24(土) 値打ちを下げた松沢・神奈川、上田・埼玉、両知事・・石原の応援とは

いくら何でも、石原慎太郎を民主系の知事が応援するというのは、見識を疑われます。これまで首都圏連合でやってきたからと言っていますが、町内会の付き合いと同一レベルでいいのかどうか、もう少しまともに考えてもらいたいものです。

【石原、松沢両氏が相互応援=自、民支持関係に「ねじれ」−東京・神奈川知事選】(時事通信)
東京都知事選で自民党の実質的な支援を受ける現職の石原慎太郎氏と、神奈川県知事選で民主党に後押しされる現職松沢成文氏が知事選告示日の22日午後、都内と横浜市内で相互に応援演説を行った。両知事選とも自民、民主両党がそれぞれ支援する候補が対決する構図となっており、支援政党がねじれた形での応援合戦は両党内にも波紋を広げそうだ。
 
午後3時半から東京・有楽町で行われた石原氏の街頭演説には、松沢氏と元民主党衆院議員だった上田清司埼玉県知事が参加。松沢氏が「なぜ石原候補の応援に来たかというと、首都圏連合の同志だから」とあいさつ。石原氏のリーダーシップでディーゼル車排ガス規制などに一体で取り組んできたことを強調し、最後には3人が手を取り合い、親密さをアピールした。
 
その後3氏は神奈川県内に移動し、午後5時から横浜駅西口でそろい踏み。今度は石原氏が「皆さんが選んだ若手のホープなのだから、皆さんの手で立派な知事に育てていただきたい」と、松沢氏にエールを送った。

【神奈川知事選:松沢氏の都知事選応援、民・社に波紋】(毎日) 
神奈川県知事選で民主、社民両党の支援を受ける現職の松沢成文氏が告示日の22日、東京都知事選で自民、公明両党の支援を受ける現職の石原慎太郎氏と相互に応援演説を行ったことが波紋を広げている。社民党の福島瑞穂党首は23日の記者会見で「石原氏を応援する松沢氏は支持できない」と述べ、党県連が決めた支持方針を撤回する考えを表明した。

松沢氏が衆院議員時代に所属していた民主党の鳩山由紀夫幹事長も同日の会見で「はな
はだ残念だ」と不快感を表明したが、松沢氏支援は継続する考えを示した。【山田夢留】

【コメント】
現在の地位にとどまれるのならなんでもやる。こういう保身の論理しか、松沢氏や上田氏からは感じられません。

こういった姿勢から、何事かをなし得る人物であるという判断をすることは困難です。社民党・福島代表が支援撤回と述べたのは、妥当な判断です。

当選したとしても、松沢氏に期待できるものは何もないと思います。


2007/3/23(金) ボンバルディア機についての報道・・・本当に危ないのか

三菱自動車の車が炎上したというニュースが頻繁に流れたことがありました。そのとき、他社の車はどうだったのか、その点についての報道が乏しかったのでよく分かりませんでしたが、三菱だったらニュースになるという雰囲気を感じることもありました。

【ボンバルディア機、格納ドア閉まらず車輪下ろし飛行】(読売)
エアーセントラル(全日空系)のボンバルディアDHC8―Q400型機で2月、離陸後に後輪の格納ドアが閉まらなくなるトラブルが起き、三つの車輪を下ろして飛行していたことがわかった。

国土交通省などによると、2月21日午後4時45分ごろ、新潟空港を中部国際空港に向けて離陸した同機(乗員・乗客42人)が、三つの車輪をすべて格納した後、右後輪の格納ドアが閉まらなくなった。油圧装置の一部の不具合が原因で、機長は着陸時に車輪が出なくなる事態に備えてすべての車輪を下ろして飛行し、無事着陸した。同機は着陸後、不具合のあった部品を交換したという。

同省では、「燃費は落ちるが、規定上も安全上も問題ない」としている。

【「安全性、失格でない」=ボンバル機批判に反論−使用は継続・全日空社長】(時事通信)
全日空のボンバルディアDHC8−400型機が胴体着陸した事故で、同社の山元峯生社長は22日の定例会見で「安全性において失格であるとの判断には至っていない」と述べ、利用者を中心としたボンバル機批判に反論した。独自の「特別点検」を対策として打ち出す一方、現時点での機種変更の可能性を否定した。
 
山元社長は冒頭、「心よりおわび申し上げます」と謝罪。対策として最長1万6000飛行時間ごとに行う重整備の中から、着陸や操縦系統に関する項目を前倒しで実施するとした。  

【コメント】
高知空港での胴体着陸は見事でした。しかし、乗客としては寿命が縮む思いだったでしょう。我々は飛行機に命を預けているのですから、「万が一」の不安も見逃すことはできません。

そういった不安心理を反映してか、とくにボンバルディア機の不具合のニュースがどんどん出てくるようになりました。

こういった報道からすると、いかにもボンバルディア機が危ないように見えますが、故障・不具合の頻度が他社の飛行機よりも格段に高いのかどうか、客観的な考察ができるだけの資料は与えられていないように思います。

マスコミのCM量が巨大な企業の製品の不具合は報じられにくいと言う人もいます。本当のところはどうなのか。客観的な報道が期待されます。

1000万分の1の危険があれば運行できないのかどうか。地上を車で走る場合との比較において、(特定の)飛行機での死亡確率はどうなのか。原子力発電の場合もそうですが、危険を客観的に認識した上で、危険の制御をどのように行うのかを問題にすべきです。


2007/3/22(木) 安全神話から危険制御へ

原子力発電は安全だ。安全でなければならない。この呪縛から解放されなければ、こういった不祥事は後を絶たないと思います。

【「誤信号」で口裏合わせ…志賀原発臨界事故隠し】(読売) 
北陸電力志賀原発1号機(石川県志賀町)の臨界事故隠しで、当時の原発所長が事故直後「緊急会合」を開き、臨界状態となったことを示すモニター記録について、「これは誤信号だった」と結論付け、点検のために故意に異常な信号を流したために記録されたことにすると決め、本店への報告は不要、と指示していたことが21日、関係者らの証言でわかった。

会合には、所長代理ら原発幹部が同席したが、異論を唱える者はなく、隠ぺいの最初の意思統一がされたとみられる。

所長は北陸電力の調査に「記憶にない」などと答えている。

関係者らによると、会合は1999年6月18日午前2時33分に原子炉の臨界状態が収束した直後、事務棟2階の緊急時対策室で開かれた。室内には富山市の本店に会議映像を流すテレビカメラがあったが、スイッチは入れられなかった。

 機器を点検するため、意図的に「誤信号」を流すことは実際に行われることから、所長は試験的に「誤信号」を流すことでモニターが臨界状態を示したと口裏合わせをしたとみられる。

所長は、北陸電力を退職後、現在は地元原子力関連団体の役員に就いている。

北陸電力の社内調査では、炉内の中性子量が急激に増えた臨界状態を示す折れ線の脇に「点検」と書き込まれ、事故ではないように装った、別のモニターも見つかっている。また、当直の「引継日誌」でも事故は伏せられており、この緊急会合以降、一連の隠ぺい工作が行われたとみられる。

【コメント】
もし原子力発電が安全なものなら、国会議事堂や首相官邸のそばに設置すればいいのです。それは誰が考えてもおかしい話だというのは、誰もが原子力発電の危険性を認識しているからに他なりません。

危険だが必要だ。ここを出発点におき、危険をどのようにして制御するのかをきめ細かく検討し、危機管理のあり方を模索すべきです。

管理責任者には必ず、保身の発想があり、保身の論理で組織が動いていく。この自然法則に近い人間行動についても、それを前提とした対策が必要です。

現在の文明を維持するためには、どの程度のリスクまで受容できるのか。受容できるリスクの範囲で、どの程度の文明が期待できるのか。「許される危険」とは、どこまでを言うのか。「不都合な事実」を正面から見据えて議論すべきです。

タミフルで少年が異常行動を起こす問題も含めて、「あってはならない」ことが現実には起こるのだということを前提とした行政でなければなりません。

「あってはならない」ことは、どんなに事実を目の前に突きつけても絶対に見ようとしないのが、我が国の行政における致命的な欠陥です。


2007/3/21(水) ニュースキャスター真山氏の市議選出馬・・地方自治は面白い

知名度を活かして参院選出馬というのとは違い、爽やかな話題です。

【元日テレキャスターの真山勇一氏、調布市議選に出馬へ】(朝日) 
元日本テレビのニュースキャスター、真山勇一氏(63)が、4月22日投開票の東京都調布市議選に無所属で立候補する意思を表明した。

真山氏は1968年に日本テレビに記者として入社。ニューヨーク特派員などを経たあと、88年から「きょうの出来事」や「ニュースプラス1」のキャスターを務め、2月に退社した。取材に対し、「これまで主に全国向けの大きなニュースを担当してきたが、今後は地域の身近な問題に取り組んでいきたい」と話している。 

【コメント】
「国→都道府県→市区町村」の序列が支配する中央集権体制。一番下位の存在と見られがちな基礎自治体で、全国的に名の知れたニュースキャスターが議員になるというのは、大いに意義あることです。

「地方の時代」、「地方分権」という、お題目となりがちな命題を実質化するためには、地方自治の分野で見識ある人材が出てこなければなりません。身近なことの積み重ねの中から、手応えのある政治をプロデュースすることで、民主主義が地に着いたものになります。そのためには、地方にこそ人材が必要です。

定年を迎える団塊世代が、地方自治に挑むという流れが期待されています。その先駆けとして、真山氏に頑張っていただきたいと思います。

「市区町村→都道府県→国」への転換。地方主権型社会に向けて、国民の意識改革が必要です。真山氏の登場により、地方自治の風景が変わることを期待しています。


2007/3/20(火) 今度の民主党CMはいいと思う

国政選挙では、党のイメージが重要になります。テレビCMの善し悪しは、大きな差を生みます。

【テーマは「生活格差」是正 民主党がCM第2弾】(朝日)
民主党は19日、参院選向けのCM第2弾を発表した。「生活格差」をテーマに据え、格差是正に取り組む党の姿勢を強調している。13都道県知事選の告示前日の21日から全国で放送される。 

CMは、農村や介護現場など日常の生活風景の映像に重ねて「医療格差」「地域格差」「雇用格差」のテロップを流し、最後に小沢代表が「いまこそ生活維新を」と訴える。音楽は同党の喜納昌吉参院議員作曲の「花」を使った。 

小沢氏は19日、松山市での記者会見で「国民の皆さんが心に感じていることをアピールしたい。心の中で感じていても、言葉に出ない人もいっぱいいるから、代弁する形で訴えられたらいい」と狙いを語った。 

前回のCMでは、船上で強風に飛ばされそうな小沢氏を菅直人代表代行、鳩山由紀夫幹事長が支えて「トロイカ」の結束をアピール。だが党内でも評判は悪く、今回は趣向を変えて国民に問いかける演出にした。 

【コメント】
党のCMで思い出されるのは、自由党時代のものです。小沢氏の魅力をうまく引き出し、劣勢と見られた選挙で好成績を残しました。

それと対極にあったのが、2005年の総選挙で民主党が出した「日本を諦めない」というCMです。

解散当日の小泉首相の演説は迫力があり、それを見てこの選挙は危ないと感じ、その後に出された党のCMを見て、ガックリ肩を落とした民主党候補者が多数いました。

その点、今回のCMは秀逸だと思います。映像良し、音楽良し。民主党ホームページで視聴可能です。

格差をどう見るか。この点をストレートに訴えかけて、国民の信を問う。有権者がどういう答えを出すか。あとは、候補者のフットワークということでしょうか。


2007/3/19(月) 労組の役割・・・産経新聞「主張」を読む

産経新聞の社説「主張」には、いかがなものかと思う場合が多いのですが、本日(3月19日)の「主張」には、視点は違いますが、概ね賛同します。

【主張】賃金改定 柔軟化へさらなる改革を  
今春闘は産業界全体をリードする自動車、電機などの集中回答を終え、大きなヤマ場を越えた。労働組合側は好況・好業績を追い風に、大幅賃上げを求めた。一方経営側は国際競争力強化の観点から賃上げ抑制を図った。

久々の労使対立図式の中で行われた交渉から、今後の賃金改定モデルにつながりそうな動きが出てきたのは収穫といえる。

旧態依然とした「横並び賃上げ」は数年前から崩れている。同じ業種でも業績で差がついたことはもはや驚くに当たらない。むしろ、組合員の月額基本給を一律に引き上げる伝統的な「一律配分」が変わろうとしている点に目を向けたい。基本給を抑制し、育児手当や能力支援手当などへの配分を大きくする企業が増えたのである。

中でも松下電器産業は月額1000円の賃上げ分の原資をすべて育児手当に回すという思い切った決定をした。18歳以下の子供を持つ組合員に1人当たり月1000円、3人目からは月2000円支給するというものだ。

子供のいない社員は恩恵を受けず、従来の一律配分方式に固執していては、決して実現しなかったはずだ。

松下の決定は、深刻な少子化に歯止めをかけるために、企業として何ができるのかという問題に一つの回答を示した。実際に子供を持つ社員が増えるかどうかはともかく、企業のイメージアップになり、人材確保などにも効果があるとわかれば、他企業が追随する可能性はある。

もっとも、こうした手当を含めた賃上げや、好業績分は一時金増額で対応する方式では、パートの賃金底上げへの波及効果は期待できない。

連合としては今春闘の目標の一つに正社員とパートとの格差是正を掲げており、これは無視できまい。しかし、賃上げ原資を野放図に増やすわけにはいかない以上、パート賃金を上げるならば、組合側がその分の賃上げ抑制を受け入れる必要もあろう。このため、本音では、パートの正社員化や待遇改善に消極的な労組もある。

それぞれの人生観に合わせた柔軟な働き方の議論も始まったばかりだ。今春闘で一歩踏み出した労使の意識改革がさらに進むのか。春闘が乗り越えねばならない山はまだ多い。

【コメント】
労組が真に社会的役割を果たそうとするならば、様々な境遇で働く労働者の問題を避けては通れないし、自ら犠牲を払い他者の幸せのために貢献する態度が必要です。

松下電器産業の決定は、社内の配分においてではありますが、子育てに目を向けた画期的なものだと思います。子供のいない社員は恩恵を受けません。しかし、それを受け入れて子育て支援を行う決意を示したことは、社会的にもインパクトがあります。

労働組合の構成員には、労組幹部への不満が多いものです。組合費を払っているメリットがない。リストラの時に守ってくれない等々。

しかし、労働組合のない多くの企業に勤める労働者から見れば、しっかりした労働組合のある企業というのは、天国です。

その「天国」に勤める労働者には、それなりの責務があるということも忘れてはいけないと思います。パート労働に従事する方々のこと、下請け企業とそこに働く労働者のこと、未組織の方々のこと、失業者のこと、生活保護世帯のこと、地域社会のことなどにも目を向け、労組が幅広い役割を果たせるよう、労組役員に協力する必要があります。協力義務といってもいいでしょう。

労組自体も変わらなければなりません。国家の中の労組、地域社会の中の労組という視点を持ち、民主主義社会の担い手として、市民から信頼される労働組合にしていかなければなりません。

私が2年間連合愛媛を観察した経験から言えば、各労組の幹部には謙虚な方が多くいましたが、その方々を束ねる連合愛媛の幹部が偉くなりすぎてしまったというのが率直な感想です。

議員や首長には、公僕であることが強く求められます。労組の幹部にも公僕的な意識が求められる時代になっています。

お抱え議員を擁して君臨するのではなく、地域のために奉仕し、議会を民主化するために幅広く頭の柔軟な候補者を支援していく発想が必要です。

そういう観点からの第一歩を踏み出したのだとすれば、松下労組の決断の意味は大きいと思います。

【特集】民主党愛媛県連と連合愛媛の問題
1月25日:【問題あり、民主党・・・民主党愛媛県連と連合愛媛との関係は異常である】
1月26日:【「泥船」ではいけない・・・民主愛媛県連代表問題】
1月27日:【私が見た連合愛媛・・「業者」と見下す感覚に疑問】
1月28日:【私が見た連合愛媛(2)・・・選挙結果を客観的に分析できない幹部】


2007/3/18(日) 詐欺師・ホリエモン+小泉欺罔政権vs質実剛健型正義感

昨日の続き。

ホリモエモンは詐欺師である。これがライブドア事件の本質です。これまでも、企業における粉飾決算はありました。しかも、ライブドアの粉飾よりも巨額の粉飾事件がありました。

そのことを認めつつ裁判所がホリエモンに実刑判決を言い渡したのは、会社の実態を大きく見せ、株価を高めて一般投資家を欺き、大量の資金を騙し取とうとしたことに事件の本質があると見たからです。

従来型の粉飾決算は、経営者の自己保身や企業が生き残るための足掻きであって、消極的な意味合いのものでした。これに対しライブドアの場合は、積極的に企業価値(と将来性)を偽り、一般大衆から莫大な資金を得ようと企んだものであるところに決定的な違いがあります。

ライブドアの個々の行為を切り離して見ると、企業活動の一環をなすものですが、全体としてみると、証券取引市場を舞台とした大掛かりな詐欺であり、被害者はその構造を見抜けなかった一般投資家(投機家)です。

ホリエモンが時代の寵児となり、自民党の支援を得て総選挙に出たという経緯に、この事件の特徴があります。政権党が支援して、詐欺師を国会議員にしようとした。政権党幹事長が「我が弟です。息子です。」と絶叫したことは周知の事実です。小泉政権の「改革」を主導してきた内閣府特命担当大臣(金融・経済財政政策)・郵政民営化担当大臣、竹中平蔵氏も応援に駆け付けるという念の入れようでした。

こうして、政権ぐるみでお墨付きを与えた詐欺師が一世を風靡し、そして、司法により裁かれた。これが、ライブドア事件です。

拝金主義を撒き散らしてきた近年の自民党政治、とりわけ、改革幻想で国民を騙し続けた小泉政権下でホリエモンのような詐欺師と政権が連動したということには、重要な意味があります。

ホリエモン立件時の東京地検特捜部長・大鶴基成氏が就任会見で述べた、「額に汗して働く人、リストラされ働けない人、違反すればもうかると分かっていても法律を遵守している企業の人たちが憤慨するような事案を、万難を排しても摘発したい。」という言葉が想起されます

この質実剛健型の正義感がホリエモン型拝金主義の対極にあることを示したのが、今回のライブドア事件です。小泉政権下で発生した「稼ぐが勝ち」→「騙すが勝ち」の心得違いから日本国民が脱却し、しっかりと地に着いた考え方にならなけばならないことを、司法が世に問うた事件として語り継がれるべきではないかと思います。 


2007/3/17(土) ホリエモンの実刑と検察の「仕事」

判決は正当だと思います。実刑が妥当。

【ライブドア判決 堀江被告に実刑 懲役2年6月 東京地裁】(毎日)
証券取引法違反(偽計・風説の流布、有価証券報告書の虚偽記載)に問われたライブドア(LD)前社長、堀江貴文被告(34)に対し、東京地裁は16日、懲役2年6月(求刑・懲役4年)の実刑判決を言い渡した。堀江前社長は無罪を主張していたが、小坂敏幸裁判長は、前社長の関与を認定し「上場企業の経営者としての自覚はみじんも感じられない」と厳しく指弾。「見せ掛けの成長にこだわり、一般投資者を欺き、その判断を誤らせた責任は重い。実刑をもって臨むのが相当」と述べた。前社長は控訴した。
 
事件では、ナンバー2だった前財務担当取締役、宮内亮治被告(39)らLD元幹部5人と公認会計士2人、LDと関連会社ライブドアマーケティング(LDM)の2法人が起訴されたが、判決は堀江前社長が初めて。
 
判決は、LDMの架空売り上げは前社長が指示し、それ以外は宮内被告が中心となり計画・実行したと認定。前社長主導とまでは認めなかったが「最終的な決定をする形で関与し、前社長の指示・了承なしに各犯行はあり得なかった」と判断した。その根拠として、前社長の関与を供述した宮内被告らの証言の信用性を認めるとともに、起訴事実の一部を否認する前代表取締役の熊谷史人被告(29)が同様に証言したことも支えとした。
 
焦点となった投資事業組合(ファンド)については「脱法目的で組織されたうえ、主要な経理処理がLD側の指示で行われ、自主的判断が介在していない」としてダミーだったと認定。ファンドを介した自社株売却益を売上高に計上する一連のシステムを「企業利益のみを追求した犯罪で、目的に酌量の余地はない。LDが新株を発行し、その売り上げ計上で業績向上を実現しているに等しい」と非難。「錬金術」と断じた検察側の主張を追認した。
 
一方、宮内被告の「横領疑惑」について「検察は、立件のうえ不起訴にするなど、厳正公平さに対する疑念を払拭(ふっしょく)しておくことも可能だった」と指摘。「前社長が不公平感を抱くのも理解できないわけではない」と述べた。【篠田航一】

 <判決骨子>
 1 自社株売却益の売上高計上に使われた投資事業組合(ファンド)は脱法目的で組織され、存在を否定されるべきだから、売却益の売上高計上は許されない。
 2 堀江前社長の故意・共謀は、信用できる前財務担当取締役の宮内亮治被告らの証言により認定できる。メールなどで裏付けられている前代表取締役、熊谷史人被告の供述とも符合する。
 3 LDMの架空売り上げ以外は、宮内被告が中心となって計画・実行し、前社長は宮内被告の提案を了承したにとどまる。しかし中心的な役割を担い、前社長の指示・了承なしに各犯行はありえなかった。
 4 宮内被告の「横領疑惑」を主張した弁護側の公訴棄却の申し立ては、宮内被告が会社財産の一部を個人的に費消したことは強く疑われるものの、検察との黙契があったとは認められない。 

【コメント】
<判決骨子1について> 自社株売却益は、「資本取引」として計上されなければ、会社の業績判断を誤らせます。ファンドを介在させて会社利益の水増しを図り、それをもとに株価の上昇を企んだ、悪質な犯罪です。証券市場を舞台とした、巨大詐欺事件。

<骨子2、3、4について>宮内被告らの証言が信用できるのかという問題。これは、骨子4にかかわります。判決は「検察との黙約」を否定していますが、実質的な司法取引があったものと推察します。(以下、司法取引を前提とした議論)

司法取引はアメリカ型司法では頻繁に用いられています。これを使わないと、ホワイトカラー犯罪(社会の上層部で起こる密室型、共謀型の犯罪)を取り締まることは不可能です。仲間の内、脇役的な人物の犯罪を見逃すか、あるいは軽くすることにして供述を引き出し、「主役」についての証拠を固めます。

ホリエモンという詐欺師をターゲットにして、社会正義を護持するという検察の態度を、「国策捜査」として弾劾するのか、それとも正義の実現のための手法として認めるのかが問題になります。

私は、今回の検察の態度は正当であると考えます。司法取引は慎重でなければ、司法に対する国民の信頼を損ないます。しかし、今回の司法取引は、ここを突破口としない限り、事実認定が困難であり、しかも、この事案を立件できなければ、証券取引市場を舞台とした大掛かりな詐欺を見逃してしまうことになるからです。

犯罪として立件することが極めて困難な領域において、代表的な事例を断罪しておかなければ、類似事案が後を絶たず、社会の混乱に拍車を掛けることになります。司法の人的制約を考えれば、ターゲットを絞り込み、司法取引を効果的に行って犯罪処罰を行うことは、これからも必要です。

司法取引であることを前提とした議論をしましたが、今回の事案は判決が言うように、「黙約」=司法取引ではなく、検察の取り調べが巧妙であっただけかもしれません。立法論としては、司法取引を認めるべきだと思います。

真に裁かれなければならないのは・・・

(続く)


2007/3/16(金) 西武ライオンズの裏金と松岡大臣の水道光熱費

西武だけなのか、というのが率直な感想であり、多くの野球ファンもその点を心配しているであろうと思われます。

【「本人、知らなかったことに」西武が偽装指示 早大会見】(朝日)
プロ野球西武ライオンズから不正な金銭を受け取っていた選手が所属する早稲田大学は15日、選手名を3年生の清水勝仁選手(21)と明かすとともに、東京都新宿区の大隈会館で記者会見を開いた。 

午後1時から開かれた会見では、学内の調査委員会による調査結果の説明がされた。その中で、同大学の田山輝明・副総長が「(西武から裏金を受け取っていた)1名が本学の学生であることが判明。事実を重く受け止めている」と謝罪した。清水選手は「アマチュア野球のルールに反し、ご迷惑をおかけした。すぐに本当のことが言えず、反省している」と頭を下げた。 

早大では裏金問題が発覚した後の12日に、調査委員会を設置。清水選手本人や父親、応武篤良・野球部監督らから事情を聴き、その結果、清水選手本人が裏金と認識していたことが分かった。また3月9日に西武側から本人に連絡があり「ばれてしまった。このように言ってくれ」などと、選手本人は金銭授受を知らなかったように装うよう指示があったと明かした。選手の父親や出身高の関係者からも同様の指示があったという。 

清水選手の父親や、同選手が卒業した専大北上高(岩手)などの調査ですでに、西武側から清水選手側に1000万円を超す金銭が渡っていたことが分かっていた。 

清水選手は、早大が優勝した05年の東京六大学春季リーグで12試合に出場。 

【コメント】
2004年、一場選手の時にあれほどの騒動になったのに、悪しき体質を改めることができていなかったということです。一場選手が結果としてプロ入りできたということが、甘い認識を助長したとも言えます。

子供をプロ野球に入れるために、親はかなりの「投資」をするようです。親としては早期に「投下資本の回収」を図りたいし、親の苦労を見ている子供としても、早く親に楽をさせたいという思いに駆られます。

この思いにつけ込むプロ側に非があることは当然として、そうした不正行為をなくすためのシステムづくりを日本野球機構が怠ってきたことに大きな問題があります。

巨人が取りたい選手を取れるように配慮した、歪んだドラフト制度を認めてきた日本野球機構の責任がもっと追及されるべきです。

清水選手らの措置として、球団による獲得を禁じた上で、日本野球機構が試験によりプロ選手としての採用の可否を決めた上で1年間の謹慎を申しつけ、その後のドラフトを認める(西武が当該選手をドラフトすることは不可)。現時点で他の選手、球団が不正行為を行っている場合には申告させ、同様の救済措置を取る。

そして、今回が特例措置の最後であることを明示して、プロ野球およびアマチュア野球の組織に連絡し、これから同様の事案が起きた場合には、選手のプロ入りは永久になくなること、それに関与したプロ野球球団はプロ野球機構から除名されることとする。

以上のような対策が考えられます。

根本的には、「皆やっている」というスピード違反感覚でしか、ルールを認識していないところに問題があります。同様の感覚で麻痺しているのが、政治家の金銭モラルです。

清水選手らが断罪され、「ナントカ還元水」に水道光熱費を使ったというふざけた説明をする大臣が不問に付されるような不公正・不公平だけは許してはいけないと思います。


2007/3/15(木) 松岡農相における「適切」の中味・・・民主・中井氏との比較

疑惑の水道光熱費問題が民主党にも波及。「こんなことで民主党が追及できるのか」、あるいは、「自民、民主の泥仕合」といった「論評」が出てくることになります。

しかし、ここは冷静かつ論理的に考える必要があります。

【10議員が光熱水費百万超、中井氏は架空1070万】(読売)
元法相の中井洽(ひろし)衆院議員(民主)が光熱水費などがかからない議員会館に資金管理団体の主たる事務所を置きながら、政治資金収支報告書には2005年までの3年間に計約1070万円を「光熱水費」として計上していたことが分かった。

中井氏側は取材に対し、全額が慶弔費やガソリン代など別の支出を計上していたことを認め、収支報告書を近く訂正するとしている。

読売新聞が、資金管理団体の主たる事務所を05年に議員会館に置く衆参両院議員167人について、03〜05年の収支報告書を調べたところ、光熱水費を計上していたのは58人。1度でも年間100万円を超えたのは衆院8人、参院2人で、自民党8人、民主党1人、国民新党1人だった。合計額では松岡農相が計約1440万円と最多で、中井氏が2番目だった。 

【中井氏の虚偽記載を批判=安倍首相】(時事通信)
安倍晋三首相は14日昼、民主党の中井洽元法相の資金管理団体が政治資金収支報告書の経費を付け替えて記載していた問題について「政治家はそれぞれ法令にのっとって政治資金を処理しなければいけない。法令に反していれば当然問題だ」と批判した。
 
一方、松岡利勝農水相の光熱水費をめぐる問題に関しては「法令にのっとっていると報告を受けている」と述べ、問題ないとの認識を示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。  

【「中井氏批判の資格ない」=福島社民党首が安倍首相を非難】(時事通信)
社民党の福島瑞穂党首は14日の記者会見で、安倍晋三首相が民主党の中井洽元法相の政治資金の付け替え問題に関し「法令に反していれば問題」と述べたことについて「全くの噴飯ものだ。中井氏は付け替えを認めたが、松岡利勝農水相は説明すらしていない。首相に中井氏の問題を批判する資格は全くない」と非難した。
 
福島氏はさらに「首相は説明責任を一切尽くさない松岡氏をかばっている。松岡氏と同罪だ」と指摘した。  

【コメント】
福島社民党党首が言われる通りで、民主・中井氏の政治資金報告書記載が不適法であるからといって、松岡農相の水道光熱費問題が免責されるという筋合いのものではありません。

中井氏が非を認めているのに対し、松岡氏は「適切に処理している」と繰り返すばかりで、それ以上の説明を拒否しています。安倍総理は、「中井氏=不適法」vs「松岡農相=適法」という表面的な説明を前提として中井氏の問題を批判しています。この批判が不当かつ不自然であることは、中学生でも(失礼、小学生でも)分かる理屈です。

むしろ、中井氏の問題が出てきたことで、松岡農相における水道光熱費の問題がより重要になったということもできます。また、中井氏を批判し松岡農相を擁護する安倍総理の責任も問題にしなければなりません。

同様の構図であるにもかかわらず、中井氏は不正を認め、松岡氏は「適切に処理」ということが通用するものかどうか。「適切」の中味こそが真剣に吟味されなければなりません。松岡農相の説明責任が、より厳しく問われる展開です。

気が早いですが、「ナントカ還元水」が2007年の流行語大賞にノミネートされるかどうか。「今、水道水を飲んでいる人はほとんどいない」という松岡農相の発言も、「迷言」として、記念碑ものです。


2007/3/14(水) 景観の価値・・・京都の条例

統一感のない都市景観は、都市の品格を貶めます。まちづくりにおいて、その都市の個性を体現する景観の価値が重視されるべきです。 

【眺望保全、屋上広告は禁止 京都の景観規制、9月実施】(共同通信) 
寺社の借景の保全や、屋上広告物の全面禁止などを柱とする京都市の新しい景観規制の関連条例案と、その実施に伴う事業を盛り込んだ2007年度予算案が13日、市議会本会議で可決され成立した。

市は今後、都市計画審議会で承認を得た上で、9月から市中心部の建築物の高さ規制を45メートルから31メートルに引き下げるといった新規制を実施する。

景観破壊に歯止めをかけようと危機感を抱いた市が、広告業界の反発や資産価値の減少を懸念する声を押し切った形だ。

新設の「眺望景観創生条例」は、清水の舞台をはじめとする世界遺産の寺社の境内からの眺めや、鴨川右岸から見る大文字の送り火など京都を代表する38の景観を保全対象とする。眺望を遮らないよう建築物の高さを制限し、デザイン基準も規定。悪質な違反には懲役刑も科す。

桝本頼兼市長は「日本人の心のふるさと、古き良き京都を市民と一緒に守っていきたい」と話した。

【コメント】
「共和国は、国の風景並びに歴史的及び芸術的財物を保護する」(イタリア憲法第9条2項)。イタリアでは、「風景」が憲法的価値を持つものであることが明示されています。我が国でも参考になります。歴史、文化、そして景観。それに対する誇りと、それを守ろうとする気概が必要です。

戦後、高度成長の中、「スクラップ・アンド・ビルド」の掛け声の下に、国や地域の宝である歴史的な景観の多くを喪失しました。それでも、まだまだ大切な資産が数多く残っています。多くの方が景観の価値に気付いてきた現在、我々には大きな責任が発生しています。

「イタリアや京都は特別だ。ワシらのところには、なにもない。」という声が聞こえてきそうです。それは、はっきり言って、自分たちの町に誇りを持っていない証拠です。諸外国や国内大都市、その他の地域の文化に圧倒されているだけです。その意識から変えなければなりません。 

歴史的景観は、その都市の歴史の記憶装置です。先人達の営みが刻まれた個々の建築物と、その集積としての都市景観を守り育てる発想が必要です。もし、なければ、これから育てていけばいいだけの話です。あれば守る。なければ育てる。

ヨーロッパの都市は、1つの建築物でも、何百年がかりで取り組んでいます、まちづくりには、長い長い年月が必要です。現在只今の景色を維持するだけでも、後世の目から見ると、価値ある資産となり得ます。

「その都市らしさ」を大切にする発想が求められます。


2007/3/13(火) この段階で接戦とは・・・都知事選挙の形勢

浅野史郎氏と石原慎太郎知事との一騎打ちになる都知事選挙。告示後に山場が来ると思われますが、先週の時点で浅野氏がかなり追い上げているようです。

【石原・浅野氏、接戦の様相 都知事選で本社情勢調査】(朝日)
東京都知事選が22日に告示されるのを前に、朝日新聞社は10、11の両日、都内の有権者を対象に第1回情勢調査を実施し、取材で得た情報をあわせて情勢を探った。調査時点で支持の多くが現職の石原慎太郎氏(74)と前宮城県知事の浅野史郎氏(59)に集まっており、両氏による接戦の様相を呈していることが分かった。現時点で誰に投票したいかを答えた人は6割にとどまり、情勢が不透明な中で告示後の選挙戦は激しいものになりそうだ。 

(中略) 

投票先を明らかにした人の回答をもとに情勢を分析すると、自民支持層は石原氏、民主支持層は浅野氏支持にほぼまとまっている。有権者の大多数を占める無党派層では石原氏への支持が浅野氏支持を上回っている。 

一方、選挙で「都政が大きく変わってほしい」と答えた人は全体の56%に達し、この層では浅野氏が石原氏をリード。選挙に「大いに関心がある」と答えた人は47%を占め、この層では両氏の支持が拮抗(きっこう)している。投票意欲の高い層ほど浅野氏支持の割合が高めの傾向で、前回44%台にとどまった投票率の動向も焦点になりそうだ。 

石原氏の都知事としての支持率は42%、不支持37%で、2月3、4日調査(支持53%、不支持35%)から支持が下落していることが明らかになった。 

【コメント】
石原都知事の支持率が、安倍内閣とどっこいどっこいというところまで低下しているというのは、驚きです。

報道機関が「接戦」というときは、相当の戦いになっているということです。「朝日新聞」ということを考慮に入れても、これは石原氏にとって苦戦なのだろうと思われます。

この時点で、無党派分だけ石原氏がリードしているということは、浅野氏から見ると、戦いの焦点が絞りやすいということでもあります。「丸山弁護士撤退」ということでもあり、分かりやすい選挙になりました。

不思議なのは共産党です。最近の動きは、「反浅野」です。浅野氏の宮城県知事としての業績や姿勢に舌鋒鋭く批判を浴びせています。こういう批判が自己の陣営にプラスにならないことが分かる政党でないことは周知の事実ですが、何故敢えて、現職石原氏にプラスになるような言動をするのかが不思議です。

「病膏肓」ということなのかもしれません。都の教育委員会が君が代問題で暴走し、教育において全体主義的な様相を強めている昨今、石原都政に塩を送ろうとする共産党は、このままの展開で終始すると、これを契機に、都民の信頼を根本的に失うことになりかねません。

残念ながら、不破哲三氏の顔色を窺うだけの志位和夫委員長では、党の運営ができなくなっているものと思われます。民主党の都議団が一皮剥けて、若干左にシフトしただけで、都議会共産党の議席を奪うことも可能になります。


2007/3/12(月) 「憲法9条を世界遺産に」を考える

「憲法9条を世界遺産に」(太田 光・中沢 新一著)という本が一時期ベストセラーでした。爆笑問題・太田の本ということもあるでしょう。読んでいないので内容については語れませんが、この奇蹟のような条文に光を当てる作業には、敬意を表したいと思います。

【自民古賀氏「憲法は世界遺産に匹敵」、9条改正をけん制】(共同通信) 
自民党の古賀誠元幹事長は11日午後、福岡県大牟田市内で講演し「憲法は占領下で米国に押し付けられたと言われるが、日本の平和(を守る)という意味で世界遺産に匹敵するぐらい素晴らしい」と述べ、9条改正に否定的な見解を示した。

その上で「憲法改正(論議)の中で『世界の国々に負けない武力を持つことが大切だ』という若い人たち、力の信奉者の声が大きくなっているのは大変危険なことではないか」と強調した。

また古賀氏は、佐賀県内で記者団に対し、参院選で与党が過半数割れした場合には「政界再編を視野に入れるべきだ」と述べ、政権を安定させるため野党の一部とも連携を図るべきだとの考えを示した。

【コメント】
憲法9条の意図を穿って考えると、米国がアジアの凶暴国家・日本を、極東の「安全牌」として封じ込めることだと見ることも可能です。またそれが、政治の生々しい現実であろうと思います。

しかし、そのことを認識した上で、この奇跡的な条文を我が国民の財産、ひいては人類共有の財産として尊重していくという考え方を取る必要があるように思います。

日本国憲法が生まれた当時と現在とでは世界情勢が異なり、日本が世界に占める比重も大きく異なります。経済大国となった日本が、それに相応する軍事力を持って存在を示す必要性があるとの認識も、それなりに説得力があります。北朝鮮という現実的な脅威を抱えている現在、憲法9条の理想だけでは、国の安全を保障し得ないのではないかとの不安感もあります。

では、力で解決できるのかというと、それも簡単ではありません。大日本帝国における軍事予算は、一般会計の30%以上を占めていました(現在の日本では、防衛関係費は一般会計の6%、5兆円。GDPの1%)。大正の軍縮時代に30%以内に抑えましたが、軍縮に対する軍部の不満が爆発して(統帥権干犯問題など)、軍部独走時代を経験することになりました。日中戦争以降、一般会計の70〜80%を軍事に使いましたが、惨憺たる敗北。

防衛費を現在の4倍、20兆円に増やせば、万全の守りになるかといえば、それほど安全になるわけでもありません。20兆円と言えば、現在の社会保障費に匹敵しますが、社会保障を大幅にカットして財源を確保するとしても、極東における軍事的緊張を高める効果しか期待できません。

我が国が、米中露といった力の信奉者たちの中で、独自の地位を確保するためには、全く別の原理で行動する方が、費用対効果の観点から見ても有効です。

しかも、外交が苦手の我が国が、「バランス・オブ・パワー」などと言っても、それほどのことがないということは、歴史を見ても明らかです。

古賀氏の主張は穏当です。むしろ、近い将来提起されるであろう憲法改正草案こそ、米国による押しつけになる可能性が大であることを認識しておくべきです。現在の方が、敗戦時よりも独立性が乏しいのではないかという気すらします。


2007/3/11(日) 衆参同日選挙の可能性・・・参議院の議席と衆議院の議席の振り替えの問題になる

参議院議員選挙を、現在只今の内閣支持率で行った場合、自公政権は敗北するであろうというのが大方の見方であろうと思います。問題は、どの程度の負けですむのかということです。

【「同日選ありうる」・国民新党の亀井氏】(共同通信) 
国民新党の亀井静香代表代行は10日、高松市内で講演し、今夏の参院選について「(衆参)同日選をやるかもしれない。自公連立政権は参院選だけをやったら勝てない」との認識を示した。

亀井氏は参院選で与党過半数割れの可能性が高いと指摘した上で「国民新党が参院で民主党や社民党と一緒に法案を全部否決していけば、安倍政権は一挙に立ち往生する」と強調した。 

【コメント】
自民党の衆議院議員は、自分の選挙は死に物狂いですが、参議院議員選挙となると高みの見物になります。人間心理としては仕方がないとも言えます。また、自分の手の内を見せることは、難しいという面もあります。

参議院議員(候補者)は、有権者から遠いところにあり、一向に親しみが沸いてこないというところがあります。知事選挙のように、利権がらみで必死になる勢力もそれほどありません。勢い、その時々の政治的な流れに乗っかって、比例代表選挙のような投票行動になっていきます。

特に、自民・民主の二大政党の対立という政治状況が生まれて以降は、民主党が自民党政治への不満の受け皿として機能しているということ、及び、政権交代の選挙ではないという気楽さから、政権側に魅力がなかったり、失策があったりすると、風向きが激変して民主党への流れが止まらなくなります。マスコミもそれを煽る傾向があります。

加えて今回は、市町村合併の結果として自民党の地方議員や首長が激減していることの影響が出てきます。自民党の地方組織は、地方での不景気と相俟って、疲弊の極みです。地域間格差の問題も大きな争点として浮上します。

そうした不利な流れを押しとどめようとすると、衆参同日選挙という選択肢が浮上してくることになります。衆議院の自民党が頑張ると、参議院での歩留まりが良くなります。選挙報道も混乱して、野党参院候補の存在がぼやけてきます。結果、参議院の1人区を中心に若干の上積みが期待できます。

この場合、衆議院では民主党が盛り返すことになります。現時点では民主党の公認内定者はそれほどいませんが、「いざ鎌倉」となれば、全国300小選挙区で270〜280くらいは公認候補を出せるでしょうから、前回の小選挙区落選者がかなり復活することと併せて、160議席以上にはなってくるでしょう。200議席を超える事態も充分あり得ます(昨年末、113議席)。

そうなると自公政権は、衆議院で相当数減らしながら、参議院で過半数を保持するという形になります。その振り替えをどう評価するかの問題です。現在の衆議院の議席はバブルであるから、実力相応の水準に戻っても仕方がないと諦め、参議院での過半数を死守すべきだと考えれば、衆参同日選挙ということになります。

しかし、これも大博打で、衆参同時にひっくり返り、いっぺんに政権から転落するというリスクを抱えます。そうなると、自民党の崩壊です。しかも、辛うじて自民党が勝利しても、衆議院で民主党が復活してくると、民主党の財政難が解消し、「次に」向けての勢いが付いてくることを覚悟しなければなりません。

逆に民主党サイドから見ると、自民党の強いところ、即ち、「格差」が問題になっている地域で衆議院の公認内定者がそれほどいないので、従来から強いところで勝つ選挙ということになり、政権交代には一歩足りない陣構えになっています。自民党の岩盤に食い込む中長期的な視点を持ち合わせていないからです。

そうこう考えると、参議院で苦しんでも衆議院の絶対多数を保持した政局運営を行うか、衆議院の議席を減らしながら参議院での過半数を保持するかの選択になります。

衆議院で50議席減らして、参議院で5議席を守る。こういう振り替えをやって、どういう評価になってくるのかは、極めて難しい問題です。この振り替えに納得できないとすれば、衆参同日選挙はないということになります。


2007/3/10(土) 丸山弁護士の勘違い出馬?・・・無党派、即、素晴らしいものなのか

人気が出ると、勘違いする人がいます。季節の変わり目に、妙なことを考える人物が出てきました。

【都知事選出馬「来週はっきりさせる」…丸山弁護士】(読売) 
4月の東京都知事選に向け、弁護士の丸山和也氏(61)は9日夜、港区の日本テレビ内で報道陣の取材に応じ、立候補を検討していることを認めた。

出馬については「来週半ばぐらいにはっきりさせる」と述べた。

丸山氏は、出馬を検討した理由を「候補予定者を見ると、無党派として政党の看板を下ろしながら、中身は政党頼み。都民に選択肢がない」と説明した。

丸山氏は1946年生まれ。早稲田大卒業後、73年に弁護士登録。米国の法律事務所勤務などを経て、80年に丸山国際法律特許事務所を開設した。2002年から日本テレビ「行列のできる法律相談所」にレギュラー出演している。

【コメント】
既存候補者の実質が無党派ではないから、都民に選択肢がない。だから、「真性無党派」で出馬する。こういう論理のようです。これが法律家の発想であるとすれば、情けない話です。

そもそも政党とは、有権者のニーズの中から生まれてきた民間団体であり、あるいは、政治的な理念や信条を有権者に問いかける存在であって、選挙で政治権力を握ることにより、国民、住民のための政治を行うものです。

「無党派」というのは、既存政党が有権者のニーズをつかみ切れていないところから発生するものであり、既存政党がおかしいというのなら、新たな理念を掲げて、真に有権者のニーズをつかめる新しい政党をつくるのが筋です。

ところが近年、政党による支持ではなく、その時々の状況で投票を決める投票スタイルを「無党派」として持ち上げ、無党派層に媚びる言論が横行し、政党も少なからずその流れに乗ろうとしています。

この流れは危険です。主義主張を一貫させる政党を選択するではなく、状況によって政治的決断をすることが正しいものだということになれば、世論誘導ないしは大衆煽動によって、新たな形の独裁体制を生み出す温床にもなりかねません。そのひとつが、石原都政です。

比例代表のように、有権者の様々な意見を反映する選挙であれば、立候補する側の多様性は好ましいとも言えます。しかし、1人の首長を決めたり、小選挙区で代表者を決める場合に、候補者が多様であることが有権者にとって利益になるかどうかは、甚だ疑問です。

多様性というの名の分散ないしは分裂が、堅い組織に依存する候補者に有利な展開をもたらすだけに終わる可能性が大であるという生々しい現実から目を背けてはなりません。また、強い現職に挑み掛かる側が分裂することは、結果として現職に加担することになるということを理解する必要もあります。

民主政治とは、さほど芳しくない選択肢の中から、より悪くない決断をしなければならない政治形態であるという、クールな大人の発想も必要です

法律家なら、上辺の人気に惑わされることなく、民主主義の王道を歩むべきだと思います。


2007/3/9(金) フランス・小さな村の物語・・・小さな自治に誇り

NHK-BS放送の「フランス・小さな村の物語」を楽しみに見ています。最小70人くらいから千人単位までの小さな村が、素晴らしい景観の中でその存在を誇示しています。

村の中の人間関係は濃密であり、住民が誇りを持って暮らしています。それを見ながら、平成の合併で自治を失った我が国の村々について考えさせられています。

何故、小さな自治に誇りを持てなかったのか。何故、大きいことはいいことなのか。東京中心、中央集権の発想に太刀打ちするだけの気概を何故持てなかったのか…

小さな自治体が、かなり広域の国土を保全することにつながっていることを忘れ、中央が統治しやすい地方をつくることのために、小さな自治を踏み潰してしまう昨今の流れは、国土の多くを荒廃させてしまう危険を内包しています。

もう一度踏み止まって、小さな自治を見直すことができないものでしょうか。


2007/3/8(木) 謎の光熱費問題・・・松岡農水大臣が説明拒否

説明できなければ、辞任しかありません。大臣だけでなく、議員辞職も当然。

【松岡事務所、謎の光熱費 同僚事務所「かかる訳ない」】(朝日)
安倍内閣の閣僚や首相補佐官、副大臣、政務官のうち、議員会館だけに資金管理団体の事務所を置いている国会議員は、松岡農林水産相を除いていずれも政治資金収支報告書(05年分)に光熱水費を計上していなかったことが朝日新聞のまとめでわかった。

議員会館の光熱水費はすべて税金で賄われており、約507万円を計上していた松岡氏の経理処理の不自然さが改めて浮き彫りになった。松岡氏は7日の参院予算委員会でも「適切に報告している」と繰り返すだけで具体的な説明をしなかった。 

収支報告書によると、閣僚や副大臣ら約70人のうち、資金管理団体の「主たる事務所」を議員会館にしているのは20人。このうち、松岡氏を除き、朝日新聞の取材に対し、議員会館だけを事務所にしていたと回答した9人は、いずれも光熱水費をゼロと記載していた。 

「議員会館しか使っていないんだから光熱水費は計上していない。計上しようがないでしょ」 

いずれの議員事務所も、そう口をそろえた。 

光熱水費は、政治資金規正法施行規則で「電気、ガス、水道の使用料及びこれらの計器使用料等」とされており、議員会館の場合、電気代や水道代がかからない。 

浅野勝人・外務副大臣の事務所は「議員会館だと光熱水費がかかりようがない」。根本匠・首相補佐官の秘書は「議員会館以外に事務所がないですから、ゼロということです」と説明した。 

やはりゼロとしていたある自民党衆院議員は、匿名を条件に松岡氏の光熱水費について「会館だけで500万円なんて、絶対おかしい」と言い切った。別の参院議員秘書も「浄水器や加湿器を買った代金を強引に光熱水費とし、おいしい水をたくさん飲んだって、500万円には届かない」と話した。 

残る10人は、それぞれ9万〜103万円を計上していたが、資金管理団体が、議員会館以外に出先事務所を抱えているケースがほとんどだった。 

松岡氏の資金管理団体は01〜05年に毎年416万〜779万円を光熱水費として記載していた。 

【光熱水費、詳細の公表拒否=松岡農水相「適切に報告」−参院予算委】(時事通信)
松岡利勝農水相は7日午後の参院予算委員会で、自らの政治資金管理団体が無償であるはずの光熱水費を収支報告書に計上していた問題に関し、「報告すべき点は適切に報告している。それ以上の内容の開示は現行制度が予定しておらず、控える」と詳細の公表を拒否した。

その上で「各党で協議し、どう報告するか(新たな制度が)決まれば従う」と述べた。芝博一氏(民主)らへの答弁。芝氏は「不誠実だ」と納得せず、週内に報告するよう求めた。この後の参院予算委理事懇談会で各党間で取り扱
いを協議することになった。  

【コメント】 
松岡農水相は5日の参院予算委員会で「(浄水器の一種とみられる)何とか還元水や、暖房とか別途そういうものが含まれる」と釈明しましたが、使途を明確には説明できませんでした。事務所費に続く、松岡農相の不明朗支出。

議員会館は水道代や集中管理の冷暖房は費用がかからないことなどを追及されると、「確認して必要な範囲で答える」と述べています。

7日の参院予算委員会での公表拒否は、5日の答弁に反するだけでなく、大臣が当然負うべき説明責任を履行しない旨の発言であり、国会で徹底的に責任追及がなされるべき大問題です。

こういう場合、野党が審議拒否すると、メディアが一斉に批判し、世論もそれに同調する流れができています。しかし、この松岡農水大臣の説明拒否は酷すぎるし、政府としても参議院に審議続行を求めるだけの正当性が欠けているように思われます。

与党の反対により各党派間での合意ができない場合、このまま審議を続行していいのかどうか疑問です。立法論として、野党による「審議停止権」とでもいうべきものを創設し、松岡氏の説明責任を果たさせるような仕組みが必要であると思います。

そもそも、自民党に巨大議席を与えた2005年の郵政選挙が大失敗でした。自民党のデタラメが横行しても、数の力でどうにもならない状況です。「郵政民営化、是か非か」しか問わなかった選挙で得た議席で、他の重要案件を力で押し切る態度は、議会制民主主義の根本を歪めるものだと思います。


2007/3/7(水) 政務調査費を使いこなせる地方議員をつくれ!

地方議会における政務調査費の不適正支出の問題が、頻繁にニュースとなっています。「猫に小判」の典型例のような気がします。

真面目に政治に取り組むと、相当な支出が必要になります。調査研究に必要な資料代、書籍代だけでも相当な支出です。地方議員向けの出版もかなりあり、月数万円くらいの費用を充てないと満足な勉強にはなりません。問題となっている議員達が、そういう方面に金を使っていないだろうということは、容易に推測されます。

地方自治が真摯に行われるためには、「政務調査費」を使いこなせるだけのレベルの議員を選ばなければなりません。ところが、常識人が議員になるためのハードルは、現実にはかなり高いものです。

旧来型の議員を駆逐して、真面目な自治を目指す議員を各議会に数名以上送り込むためにはどうすればいのか。このことを真剣に考えなければなりません。

地方議会の議員の場合、有権者から「就職活動」という見方をされがちであり、それが候補者(or議員)に大きな心理的な負担となります。特に、家族がたまりません。地域のために真剣に取り組む人を出すためには、有権者の意識が変わらなければなりませんが、そのことを百年言い募っても無理です。行動を起こすしかありません。

市民が一定水準の議員を議会に送り込む活動をするということも考えられるべきです。志のある市民が数名集まって、適当な候補者を捜して応援すれば、個人が立ち上がる場合よりも、時間と資金の面で、ハードルは下がってきます。定年を迎えた団塊世代が、「時間」という資源を有効に活用すれば、地方議会を変える活動を行うことは十分可能であると思います。

民主党がそういう動きを支援することができれば、政党としての裾野は大きく広がります。連合傘下の労組が、議員を抱え込むのではなく、可能な限り緩やかな条件で多くの候補者を支援する方向に転換するだけでも、地方自治を変える大きな原動力となります。労働運動にとっても、市民社会に開かれた新たな展開を見いだす契機になると思います。


2007/3/6(火) 連合は、ワンオブゼムに・・・民主党を考える(4)

創価学会と公明党の関係が異常であることは、周知の事実です。このような主従関係は、まだ自民党にまでは波及していませんが、かなり危ういところまで来ています。個々の自民党議員が選挙に強いか弱いかで色合いが異なりますが、自民党の足腰が弱まっている状況では、自民党の自立性にも黄色信号が灯りそうな雲行きです。

民主党に対する連合の影響力についても、様々な論評があります。実際には、国政選挙で連合に頼り切っていても、小選挙区での当選は不可能です。しかも、民主党が自民党に替わる新たな国民政党でなければならないことを考えれば、連合との関係を良好に保ちながらも、それに依存しない政党に脱皮しなければなりません。

既に連合から自立している議員もおり、そういう議員が国政におけるリーダーになります。連合サイドも、民主党の議員を牛耳ろうというような考えではないと思いますが、愛媛のように連合が民主党県連を支配下に置いているようなところでは、民主党自体の発展も危ぶまれます。

連合自体の姿勢としても、民主党の支持団体の1つであるという自己規定をしていかないと、場合によっては贔屓の引き倒しになり、却って閉塞状況を生みだしてしまうことになります。政党に期待する度合いを可能な限り減らし、労働運動の基礎となる平和、基本的人権と民主主義の確保という一致点で納得すべきだと思います。

地方議員の連合への従属度も軽減していくべきです。労組丸抱え型の議員をなくし、市民派の議員を当選させるための「踏み台」の役割を、連合傘下の労組が買って出るように変化していくべきです。

民主主義を地方から強固なものにしていこうとするならば、真面目に地方自治に取り組んでいこうとする人をより多く議員にし、旧来型の保守的な議員に取って代わるようにしなければなりません。当選ラインが千票の地域で議員になろうとする人がいれば、300票程度のお手伝いで5人、10人の候補者に対して公平に協力していくというような方針に転換すれば、議会の民主化が進みます。

1人の議員を丸抱えにして当選させても、議会での発言権は限られています。「より広くより薄く」協力することにより、地域全体の民主化が促進される結果として、労働運動にとってもプラスの効果が出るのではないでしょうか。


2007/3/5(月) 民主党「パンパカパン」路線・・・民主党を考える(3)

「パンパカパーン、パンパンパンパンパカパーン 今週のハイライト!」というフレーズで始まる人気漫才トリオがありました。そのメンバーの一人、横山ノック氏が政界に進出したことは有名です。

民主党の選挙戦略が「パンパカパーン」だなと思ったので、陰で「民主党パンパカパン路線」という言い方をしていました。優秀な候補者を集めて競わせれば政権交代が可能であると考え、各選挙区で候補者に走り回らせる。これが民主党の選挙戦略(?)です。

そのやり方では、社会の表層をなでるだけで終わる可能性があります。街宣結構、戸別訪問結構。しかし、票目当ての活動をいくら展開しても、地域の実業者や自治の責任者と連携している自民党現職に勝つことは困難です。

有権者が液状化している都市部では、若くて知的な候補者が活動すれば、勝つ可能性は大です。しかしこれも、自民党の古株が負けて若い新人が出れば、どうなるか分かりません。

私は、従来型の民主党の路線で獲得できる小選挙区は、当面130〜140が限界であると見ていました。結果、衆議院の獲得議席の上限は200〜220。しかも、選挙日時は政権側が決めるのですから、民主党の思うようにはなりません。

小選挙区毎に候補者が競い合っても、小選挙区では死屍累々。「惜敗率」(当選者に対する得票率の割合)が上昇するだけ、という場合もあります。候補者心理として、小選挙区突破が難しいと考えれば、「敵」は比例同一ブロックの民主党候補者ということになり、「惜敗率上位」というのが現実的な目標になってきます。

自民党候補者がそれほど強くなければ、あるいは民主党候補者が目立つ存在ならば、華々しく宣伝活動を展開すれば、小選挙区突破はできなくても、惜敗率80%以上を期待できます。あとは順位争いです。小選挙区突破というのは、ある壁を超えなければ無理ですが、そのことが等閑視されることになります。

もちろん、ある程度活動ができていれば、小選挙区突破に向けて頑張るはずです。しかし、「あと一歩」のところは、もう少し現場に近いところで汗をかかないと無理なのではないでしょうか。政治活動という「虚業」ではなく、例えば、地域でNPO活動をするというような、「実業」に近い作業です。

最も問題なのが、「優秀な候補者」が自民党の強い地域では出てこない、あるいは、出て来にくいということです。公募候補者の多くは、自民党の候補者が弱い都市部の選挙区、ないしは比例ブロックで救われそうな選挙区を希望します。国会議員という職業への就職活動ととらえているのです。そのような状態では、都市部はそれなりに勝てるが、田舎では負けるというパターンの繰り返しになります。

小沢一郎氏が田中角栄氏から受け継いだといわれる「川上戦略」を全国レベルで実施しないと、自民党に勝ち切ること(小選挙区170以上)は困難です。これを最重点とした戦略を練ることが必要です

愛媛で言えば、自民党の岩盤、4区(南予)には、1区(松山市)の有権者のお父さんお母さんや親戚が多く住んでいます。もし4区在住の親世代が民主党の支持者になれば、1区は液状化してきます。そういう選挙区を超えた有機的一体型戦略がなければ、愛媛攻略は難しいと思います。

「選挙は一回限りの御破算」、しかも「選挙区毎のレース」というやり方を改め、自民党の岩盤地域で「苦節10年型」の候補者を張り付け、選挙区を超えた候補者の連携を重視するというやり方が必要です。そして、硬い岩をえぐり取る困難な作業を継続するしかありません。そうでないと、「ラッキーパンチ」が当たって政権を取っても、次の選挙でひっくり返ります。

素朴で人情の厚い地域で、こつこつと地味な作業をして支持を拡大するのではなく、都市部を中心に「パンパカパーン」とやっていたのでは、何時まで経っても野党です。地方切り捨て路線で地方が疲弊しています。有権者の意識は緩やかに変化しています。急がば回れ。地方での戦略が問われます。

民主党公認候補は「2回落選、アウト」が党の基本になっています(例外はありますが、基準が不透明)。それを全国一律でやろうとすると、候補者の腰が定まらず、活動は上滑りになります(都市部にいる、うるさい候補者を排除するための「基準」なのでしょう)。

自民党の岩盤をどう崩すかを最大の問題であると見るならば、もっと別の発想が出ていいはずです。「次の選挙が全て」と焦ってばかりいては、結局、何時も風頼みということになります。

(続く)


2007/3/4(日) 国政選挙と金・・・民主党を考える(2)

民主党地方議員になるには、連合(労組)に従属するか、自立的な支持基盤を確立するか、どちらかでなければなりません。そして、一般の方が当選するには、時間と金が必要になってくる。このことを、昨日述べました(そうでない形については、後に述べたいと思います)。

国会議員の場合はもっと金と時間が必要だろう。そう思われる方もいるでしょうが、国政選挙の場合は、お金を掛けなくてもいい仕組みができています。

中選挙区制の時代には、億単位の金を掛けて地盤培養をしていないと、保守系で打って出ることは困難でした。ただし、一応の地盤が形成できれば、定数3〜5の中選挙区で、支持率10%台〜20%台を確保すれば当選可能でした(お金を持った土建業者が当選する例が多く見られました)。しかし、同一政党内での競争が熾烈になり、常にお金の問題が付いて廻りました。

野党(社会党)はと言うと、これは組織依存の選挙で、しかも過半数の候補者擁立が不可能な仕組みでしたから、野党議員として国政に出るという発想になってしまい、政権交代後のイメージを描くこと自体が滑稽な話でした。労組の上がりポストとしての国会議員というのが通り相場。自民党永久政権の仕組みだったのです。

東西冷戦下で妥当した自民党永久政権の仕組みは、東側陣営の敗北によって時代に適合しなくなりました。政権交代可能な仕組みが模索されるようになりました。

そのような背景があり、平成5年前後の政治改革で、小選挙区制度が実現し、併せて政党交付金の制度ができました。国民1人当たり250円の負担により、政党に支給された資金により、資産を有しない者でも、労組関係者でなくても、政党の公認候補になれば国政にチャレンジできることになりました。広く政治の世界に人材が供給できる基盤が形成されました。

この制度が実現したのは、小沢一郎氏が二大政党制を実現するために自民党を割って出たからだと言っていいだろうと思います。その後の紆余曲折を経て、民主党が自由党と合併したことで、二大政党政治の形が見えてきました。

(続く)

《余談》
政治資金の使途について問題が噴出しています。様々な議員特権についても議論があります。

これは、現職が現職で居続けるために必要な活動のための資金ないしは特権であるという要素が強いと思います。人によっては、他の国会議員に対する支援のための資金が期待されている場合もあり、一括りにはできません。

ともあれ、国会議員への参入障壁として立ちはだかっていたお金の問題は、ある程度解決したと思います。

中選挙区制を知らない人が増えてきました。あるいは、その弊害を忘れて、小選挙区制度を批判する人も多くいるので、今回はあえて書いてみました。


2007/3/3(土) 民主党を考える(1)・・(民主党)地方議員はつらいよ

民主党の地方組織は、連合抜きでは語れません。地方議員が民主党から立候補する場合に、連合あるいは傘下労組の推薦を得られるかどうかは死活問題となります。地方議員の当選ラインは、県議が8千〜1万票、市議の場合、県庁所在地で3千〜4千票、中規模都市で2千票、小規模都市で千票、が目安です(議員定数が削減されると、このラインが上昇します)。これだけの票は、通常の社会生活を送っている人が突然立ち上がっても、到底集まるものではありません。

議員(候補者)と労組との関係には濃淡があり、労組丸抱えで、労組が右と言えば右を向いたままという議員もいれば、独自の地盤を持ち、それなりに自立している議員もいます。自立度の高い議員でも、労組から嫌われるとなると、選挙は大変厳しくなります。

全労働組合の組織率が20%を下回っている状況(平成18年の推定組織率は、全国で18.2%、愛媛県で15.8%)では、労働組合に加入していない労働者の意見が大切になってきます。しかし、候補者サイドから見れば、その存在は目に見える形では把握困難であり、「無党派層の動向」の一環としてしか認識できないのが実情です。

小選挙区で戦う国会議員候補であれば、労組頼みだけでは当選できないので、無党派層の動向も見据えながら、争点を明確にして有権者の判断を仰ぐという戦い方が可能です。これに対し、自分の個人名を書いた1票、1票の積み重ねの中にしか当選の2文字が見えてこない地方議員の場合は、一塊りの労組の存在に格段の重みがあります。

加えて、地方議員の場合、労組丸抱えでない限り、政治活動費や選挙費用は自前です。それも、往々にして、国政選挙よりも多額の費用が必要になってきます。というのも、それぞれの候補者にはマスコミのスポットライトが当たらないのが通常であり、人間関係を辿りながらの選挙にならざるを得ず、そうした地を這う活動には実際上多額の出費が掛かるからです。

多くの有権者は、地方議員は「誰でもいい」というのが本音です。「お世話になったあの方に」とか、地域から出ている人、親戚や友人・知人からの紹介、あるいは何度も戸別訪問してきた候補者の中から決めるという投票行動になります。そうなると、組織をフル回転させることができる候補者が俄然有利になります。

こうした選挙の有り様を考えると、組織丸抱えの候補者は当選しやすいが、自立性は乏しくなり、自立性の高い候補者は選挙で苦労し、多額の選挙費用が必要になる、という構図になってきます。しかも、事前運動でほぼ結果が決まるのですから、実質的な選挙期間は長期になります。それに耐えられる候補者は限られてきます。

一般の方が自治体や地域を良くしよう、政治の質を高めようと考えて地方議員を志望しても、金と時間とがなければ、当選は極めて困難であるというのが政治の実態です。

以上、(民主党)地方議員はつらいよの巻。

(民主党の考察、続く。後日の可能性もあり。)


2007/3/2(金) 海江田万里氏は政治生命を失う・・もし出馬なら

民主党内に、間抜けな動きが出ています。党内に、世論や無党派の動き、ないしは空気が読めない人たちがいるらしく、「独自候補」にこだわり、海江田万里氏の出馬に動こうとしているようです。

【都知事選:海江田氏出馬に意欲 民主、浅野氏支援派と調整】(毎日)
海江田万里前衆院議員 民主党の海江田万里前衆院議員(58)が1日、東京都知事選(4月8日投開票)について、立候補に前向きな意向を党東京都連幹部に伝えたことが分かった。党内には、2月28日に出馬意欲を示した浅野史郎前宮城県知事(59)を支援する動きもあり、今後、調整が進められる。

浅野氏に対し、菅直人代表代行らは出馬に期待する考えを示しているが、候補者選考を進めてきた円より子都連会長らは「浅野氏が出馬しても民主党の推薦を受けない可能性が高い」として、知名度のある海江田氏に出馬要請していた。

候補者選考について小沢一郎代表は「都連の人選メンバー4人の結論を待って判断する」と繰り返し語っている。浅野氏は民主党が独自候補を擁立したら出馬しないと明言している。 (略)

【コメント】
民主党の支持率というのは、通常それほどではありません。しかし、「二大政党制」というフィクションないしは国民の期待感(マスコミの演出を含む)があって、選挙になるとそこそこの票が取れる仕組みになっています。

そういう意味では、「民主党公認or推薦」自体に力があるわけではありません。「自民党では駄目だ」という声はあっても、「民主党は素晴らしい」という期待感はそれほどないのです。適切な「枠組み」が明示されれば、投票行動に変化が生じるという理解をしておかなければなりません。

海江田万里氏が「民主党の独自候補」に決まった瞬間、都民の関心は吹き飛ぶでしょう。結果、海江田氏の次期衆議院選挙も難しくなるだけでなく、今夏の参院選についても、民主党への失望感から、暗雲が立ちこめることになります。

選挙の構図が、「悪漢・石原vs無党派・浅野」から、「悪漢・石原vs頓珍漢・海江田」になってしまうからです。有力候補の名前が出る前に海江田氏が手を挙げていれば、また違った展開もあり得ましたが…

民主党都連の一部は、小沢氏が掲げる「知事選挙での独自候補」路線の本旨を曲解し、「独自候補」それ自体にこだわっているように見えます。「独自候補」の本旨は、地方選挙における対立軸の形成にあります。様々な選挙で対立軸が形成され、有権者の有力な選択肢になっていけば、二大政党政治が地に着いたものになります。

「独自候補」というのは、地方における通常の政治状況では形成不能な対立軸を民主党が形成していくということの表現であり、対立軸が形成されているのに、ことさら「独自候補」にこだわる必然性はありません。

都連の一部の方々のような発想が生まれる背景には、民主党地方議員の選挙地盤の問題があります。地方議員の場合、選挙区の定数や民主系の候補者数にもよりますが、「風」だけで当選することは通常不可能であり、あるいは労組の組織に依拠し、あるいは自前の保守系地盤をつくりあげて選挙に臨みます。その際、特に保守系の議員は、現職知事を支持することで政治的な基盤を固めることが可能になるという事情があります。そうすると、保守系は現職支持から逸脱しにくくなります。また、労組系は労組の方針に縛られます。

このような地方議員の複雑な事情が分からないと、民主党の迷走ぶりは理解できません。各地方組織に国会議員がいても、地方議員や労組に選挙を手伝ってもらうという弱みがあると、調整不能な状況が生まれます。愛媛のように国会議員がおらず、地方議員が当選するために民主党の仮面をかぶりたいというようなところでは、地方組織はハチャメチャです。

海江田氏の動向は流動的であると思われますが、この際、民主党について解析してみたいと思います。 

(続く)


2007/3/1(木) 浅野氏が出馬意向・・民主党支援、共産党は?

都民の声に押される形で、前宮城県知事・浅野史郎氏が都知事選挙出馬の意思を固めました。

空気の読めない民主党東京都連の一部に反発の声があるものの、民主党が浅野氏を支援する形で、石原vs浅野の一騎打ちが実現しそうです。

さて、共産党。空気が読めないことでは超一流の同党が、どう動くかが見物です。

石原vs浅野の決戦において、様々な対立軸が形成可能です。情報の透明性、福祉、等々。「反ファシズム」ということも加えていただきたいと思います。

ナチスの台頭を抑えるため、コミンテルン書記長・ゲオルギ・ディミトロフが「反ファシズム統一戦線戦術」を提起したことは有名です。この構想は実現しませんでしたが、現在の我が国における政治情勢は、反ファシズム統一戦線が必要な段階に入りつつあります。

我が国では、ナチス型ではなく、日本型ファシズムへの警戒が必要です。日本型ファシズムとは、強力な全体主義ではなく、責任ある立場の者が方向性を見失い、流れに身を任せてしまう、無責任体制です。

東京都の教育委員会が知事の意向を受けて(先取りして)、教育の全体主義化を押し進めています。教育の分野に限らず、東京都の幹部が方向性を見失った状態で、都知事の御機嫌を損ねないことを唯一の方針としている現在の状態を断ち切らなければなりません。そのための大同団結が必要です。


玉井彰の一言 2007年3月 四国の星ホーム一言目次前月翌月